Vol.45   任侠

 まったく人生はままならないものでやんす。あいつがあの男の娘でさえなければ、うちの親分とあの男が敵対していなければ、そもそも、あっしがこんな極道でなければ、いやそうでなければ関東一の親分の娘であったあいつとあっしが出会うことなどなかったでしょう。あっしらは出会うべきではなかったのかもしれません。
 まあ、過ぎたことをどうこう言っても始まりやせん。あいつの親父の首を取ったあっしは、お務めを終えるとのし上がりやした。次期組長なんて言われたもんです。しかし、いろいろなことがあって、あっしは組を追われることになりました。何のためにあいつの親父を殺ったのか分かりゃしません。それでも堅気になることも出来ず、あちこちを流れ歩き、客分としてお世話になってまいりましいた。今はこうしてお宅の組にやっかいになっているわけです。ろくな死に方はしないと覚悟しておりやす。風の噂であっしがのたれ死んだと聞いたら、線香の一本でも立ててやっておくんなさい。
 一宿一飯の恩義は親でも殺せと言いやす。任しておいておくんなせい。老いぼれたとはいえ、このドスはまだ錆び付いちゃいませんぜ。しかし、何だって料亭の女将なんかを・・・。いや、何も聞きません。言うに言われぬ事情がおありなんでしょう。すべてあっしにお任せ下さい。決してしくじりやしません。お宅の組に迷惑をかけることはありゃしません。長々とお世話になりやした。いえ、そんなお心遣いはご無用です。いえ、本当に・・・。そうですか。それではありがたく頂戴しておきやす。ええ、北の方に行ってみようと思ってやす・・・。そうですか、機会がありましたら立ち寄らせていただきやす。本当に何から何までお世話になりやした。ええ、親分さんもお達者で。それでは行ってまいりやす。
 いい親分でやした。今時こんな出来た方は珍しいや。女子供の命を殺めるなど、あっしも気乗りはしやせんが、親分の頼みとあっちゃ断るわけにはいきやせん。あっしなぞに頭を下げるのは余程の事情があってのことなんでやんしょう。ようがす。きっちりとご奉仕させていただきやす。やっとご恩返しが出来るというもんでやんす。
 この料亭だな・・・。御免よ。あっ。お前は・・・。お千代、何だってこんなところで・・・。そうか、組は潰れたのか。俺がお前の親父を殺ったからか。俺がお前の人生を滅茶苦茶にしちまったんだな。済まねえ。いくら謝ったって済む問題じゃねえな。しかも、俺ときたら・・・お千代、俺がここに何をしに来たか分かるかい?そうさ、そういうことさ。分かっているなら、どうしてそうして笑っていられるんでい。馬鹿を言うんじゃねえ。そんなこと出来るわけがねえだろう。ああ、まずいことになるさ。それも自業自得だ・・・。何だって、お前、俺を許してくれるってえのかい。ああ、俺だって一日たりともお前のことを忘れたことはねえ。いや、とても逃げられやしねえよ・・・。そうか、本当にそれでいいのか。よし、お千代、一緒に行こう。地の果てまでも逃げのびてみせるさ。一緒に地獄に落ちてくれるかい。ああ、もう二度とお前を離しゃしねえ。

                                  了


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