Vol.44   バグ

バグ(bug) 虫の意味。コンピューター用語としては、虫食いの意味からプログラムの欠陥のことをいう。

 ブーン−−−耳元で虫が飛んでいる音がした。彼は反射的に首を振った。虫の姿は見えなかった。非常に不快な気分だ。
「それでどうしますか?」
「やれ」
 彼は静かに一言だけ答えた。その場に緊張が走った。不敵な笑みを浮かべたものもいた。驚きの表情を見せたものもいる。しかし、彼の指示に逆らえるものはいなかった。自由だのグローバルだの、やつらの言うことはすべてまやかしである。結局は自分たちのやり方を強引に力で推し進めているに過ぎない。確かにやつらは世界一の大国だ。やつらが本当に世界のためを思って行動してくれれば、自分たちがこんなに苦しむことはないのだ。そんなやつらに思い知らせてやるときが来たのだ。これは聖戦である。彼は不快だった。

 世界中を震撼させる事件が起きた。ハイジャクされた民間航空機が、乗客を乗せたままハイテク・ビルに突っ込んだのだ。経済繁栄の象徴ともいえるそのビルには多数の大企業のオフィスがあり、エリート・ビジネスマンが働いていた。そして事件はそれだけではなかった。ほぼ同じ時刻に大統領官邸と国防省のビルに飛行機が突っ込んだ。幸い大統領は別の場所にいて難を逃れたが、この同時多発テロにより、1万人にのぼる罪のない人々が犠牲となった。

 彼は国の威信をかけてこのテロ事件を捜査するように命じた。テロリストの指導者として以前から手配されていた男が犯人と断定された。テロリストをかくまう国にテロリストの引渡しを求めたが、要求は受け入れられず、ついに軍事報復に及んだ。実際には報復という言葉は使わなかった。世界の平和を維持するための戦いと称して、国民の圧倒的な支持を得た。外交面でも抜かりなく動き、多くの国が軍事攻撃を支持した。しかし、テロリストたちの抵抗は激しかった。世界一の軍事力をもってしてもテロリストを捕らえることはできなかった。逆に細菌を使った新たなテロが再び世界を震撼させた。彼は決断を迫られていた。
 ブーン−−−耳元で虫が飛んでいる音がした。彼は反射的に首を振った。虫の姿は見えなかった。非常に不快な気分だ。
「それでどうしますか?」
「やれ」
 彼は静かに一言だけ答えた。その場に緊張が走った。世界一の権力者である彼の判断は絶対だった。

 原爆が落とされた。テロリストの国は壊滅的した。しかし、テロリストの指導者は違う場所に逃れていた。そして大国に対抗するために核爆弾を手に入れていた。
 ブーン−−−耳元で虫が飛んでいる音がした。彼は反射的に首を振った。虫の姿は見えなかった。非常に不快な気分だ。
「それでどうしますか?」
「やれ」
彼は静かに一言だけ答えた。その場に緊張が走った。テロリストの指導者である彼の命令は絶対だった。

ついに核戦争が起こってしまった。その行き着く先は世界の破滅だった。

「全滅したって?」
「ああ」
「この間、修正してやったばかりじゃないか。冷戦状態は取り除いたし、その後の戦争も大事に至る前に収めてやったのに」
「どうもこの星の個体は好戦的すぎたな」
「ちょっと異常じゃないか」
「実はバグがあったようだ」
「そうか、で、どうする?」
「リセットするしかないな」

                                  了


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