Vol.42   天使の気まぐれ

「あーあ、どうすればいいのかしら?」
 由美子は途方に暮れてしまった。中学2年生の少女には難し過ぎる問題だ。中にはかなり進んだ子もいるが、由美子は恋愛に関してはまったくのおくてだった。好きな子はいる。しかし、自分の気持ちを打ち明けるなどとても出来なかった。
「一生のお願いがあるの」
 校庭の裏に呼び出されて、親友の小百合が訴えた頼みとは、クラスの男子にラブレターを渡してくれというものだった。
 相手の男の子は由美子の近所に住み、小学校の時から仲良しの子だった。
「分かったわ。まかせておいて」
 小百合が書いたラブレターを預かってしまったものの、由美子は困ってしまった。由美子も彼のことがずっと前から好きなのだ。幼馴染で友達として仲が良く、彼にはそんな気はないだろう。由美子も自分の気持ちを打ち明けるなどできはしなかった。
 小百合は由美子の目から見ても可愛くていい子だった。実際、男子の間でも人気が高かった。ラブレターを渡せば、彼も小百合のことを好きになってしいまう可能性は大いにある。それはつまり由美子が失恋してしまうということだった。
 親友である小百合が幸せになるのなら喜んであげなければならない。理屈では分かっているのだが・・・。
 そのとき、由美子の右の耳元で悪魔が囁いた。
「そんなラブレターなんて捨ててしまえ。そして小百合には彼には他に好きな人がいると言ってしまえ。そして自分の気持ちを打ち明けるんだ」
 由美子は彼のラブレターを握り締めた。校庭の片隅にあるゴミ箱が目に入った。
 そのとき、由美子の左の耳元で天使が言った。
「愛する2人の邪魔をするなんていけないことです。約束も守らなければいけません。さあ、その手紙を彼に渡すのです」
 由美子はハッとした。今、自分はとんでもないことを考えてしまった。
「捨ててしまえ。後悔するぞ」
「手紙を渡すのです。後悔しますよ」
 由美子の両耳で天使と悪魔が言い争っていた。
「どうすればいいのよ」
 由美子は心の中で叫んだ。
「人のことなんて関係ないだろう。自分の幸せを考えろ。何なら俺が手を貸して彼がお前を好きになるようにしてやるぞ」
「大切なお友達を裏切るのですか。大好きな人に嘘をつくのですか。いけません。正しい行いをするのです」
 由美子は耳をふさいでスックと立ち上がった。早足で教室に戻り、彼に手紙を手渡した。その瞬間、耳元にいた悪魔がパッと消え去った。
 残った天使が言った。
「よく頑張りました。偉いですよ。それじゃ、私のお仕事にとりかかりましょう。小百合さんの恋する気持ちを込めた矢を彼の心に向けて・・・」
「えいっ−−−あら、いけない。弓矢を間違えてしまったわ。由美子さんの心がこもった矢を打ってしまったわ。これじゃ彼は由美子さんを好きになってしまうわ・・・」
「まあ、天使といえど間違いはあるわ。仕方ないわね」
 彼が笑顔で由美子のもとに近づいて来た。天使が本当に間違えたのか、悪魔の囁きに打ち勝った由美子にご褒美をくれたのかは定かではない。

                                  了


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