最近おかしなことばかり起こる。最初は1週間ほど前のことだ。駅の階段を踏み外して転がり落ちた。階段のほとんど一番上からだった。特に混んでいたわけではない。近くに人がいた気配もなかった。それでも誰かに押されたような気がして、よろけてしまったのだ。幸いなことに、お尻を少しすりむいた程度ですんだからよかったものの、一歩間違えば大怪我をしていたところだ。
次は4日ほど前、駅で電車を待っていた。ホームの先頭に立っていたら、やはり誰かに押されたような気がして、よろけた。横にいた人が支えてくれて、何とか踏みとどまったのだが、目の前を電車がかすめて通過して行った。後ろに人はいなかった。これは一歩間違えば死んでいたところだ。
そして昨日、道を歩いていたら、目の前を何かがかすめて通り過ぎたと思ったら、足元でガツンと鈍い音がした。下をみると、大きなスパナが落ちていた。丁度ビルの前を通りかかっており、上を見ると、5階あたりの窓に作業員の姿があった。作業員は慌てて降りてきて、さかんに謝っていったが、これまた数センチずれていたら大変なことになっていた。
実は2週間前に引越しをした。その影響かとも思ったが、私は風水に凝る方で、ちゃんと運気のあがる方角に引越し先を決めた。部屋だって風水にしたがって物を配置した。運気が上がることはあっても、こんな危ない目に合うはずはないのだ。
「もし・・・」
そんなことを考えながら歩いていた私を呼び止めたのは占い師だった。こんなところに占いの人がいたかしら?私は不思議に思いながらも、丁度、不思議な目に合っているところでもあったし、もともと占いには興味があるので立ち止まった。その人が私と同じ25、6際の女性だったことにも安心感があった。
「あなた最近、不吉なことがあったでしょう?」
そして驚いたことに占い師の女性は、私の身に起きた3つの事件をすべて言い当てた。
「引越ししたのがいけなかったんでしょうか?」
私はすっかりその女性を信じ切ってしまい、相談した。
「いえ、そうじゃないわね。その熊のマスコットのせいね」
私はまたまた驚かされた。鞄の中にまさに熊のマスコットが入っているのだ。彼女から見えるはずはないのに・・・。
そのマスコットは幼なじみの女の子にもらったものだ。小学校の途中で引っ越してしまったのだが、そのときにもらったものだ。とてもいい子で仲が良かった。お互いに何度か手紙を書いたりしていたが、いつしか連絡が途絶え、その後は一度も会っていなかった。現実とはそんなものだ。
熊のマスコットも何処かにいってしまい、存在すら忘れていた。引越しのために荷物を整理していたときに出てきて、懐かしくなって持ち歩いているのだった。つまり引越しではなくて、この熊のマスコットを身につけるようになってからおかしなことが起こるようになったというわけだ。
私は部屋に戻ると、小学校のクラスメイトに電話をした。事情通の女の子で、同級生のその後などにやけに詳しい。そういうタイプの生徒が何処にも一人くらいいるものだ。
「いたわね。そういえば」
途中で転校したその子のことも覚えていた。
「確か、何年か前に亡くなったって聞いたけど・・・」
私は驚きで思わず声をあげてしまった。あの子がこの熊のマスコットを通じて私を呼んでいるのだろうか。そう考えたら怖くて仕方がなかった。
私は熊のマスコットを鞄から出し、取りあえず部屋の隅に置いた。しかるべきところで供養でもしてもらった方がいいだろう。ただ捨てるというわけにはいかなかった。
恐怖で寒気がしてきたので、熱いコーヒーでも飲もうと思い、コンロにやかんをセットして火を点けた。そして私はいつの間にか眠ってしまったらしい。沸騰したお湯がこぼれて火が消え、部屋の中にガスが充満していった。
「大丈夫ですか?」
私は耳元で男性の大声を聞いた。うつろな意識の中で何度も呼びかけられていた気がする。
「大丈夫ですか?」
もう一度言われて、私はようやくはっきりと目が覚めた。見知らぬ男性が私を抱えていた。窓が大きく開かれていたが、まだガス臭かった。
その男性は、このマンションの管理人の息子だと名乗った。実はこの部屋に以前住んでいた女性が自殺をし、以後、この部屋に入った人は様々な災難に合っているという。
「親父はそのことは内緒にして部屋を貸してしまうんです」
男はこの部屋にまた新しい入居人が来たことを聞きつけ、心配になって様子を見に来たのだ。そしてガスの匂いに気づき、管理人室にあった合鍵で部屋に入って来たというわけだ。
「その自殺した女性というのは・・・」
「ええ、写真があるんですが、ご覧になりますか?」
私はその写真を見て、気を失った。その写真に写っていたのは、あの女性占い師だったのだ。
私はすぐに部屋を引っ越した。今度は前にどんな人が住んでいたかを充分に確認した。熊のマスコットは肌身離さずに持ち歩いている。私が何とか死なずに済んだのは、女の怨霊からこの熊のマスコットが私を守ってくれたからだと思っている。このマスコットが邪魔で、女は私にマスコットを捨てるように仕向けたのだ。
「ゴメン、待った?」
「いや」
今日はこれからデートなのだ。あの時、私の命を救ってくれた男性と、なんとなくこんなことになってしまった。熊のマスコットは私にとって愛のキューピットでもあったようだ。
了