Vol.35   不幸のボール

 あいつは絶好調だった。開幕から負けなしの5連勝だ。打たれた試合もあるのに、その時はチームが大量点を取った。味方のファインプレーに助けられたこともあった。ついているのだ。対して俺は開幕から3連敗、好投しても味方が完封されたり、俺に代わったリリーフ投手が打たれて、勝利投手になれなかったこともある。ついていないのだ。
 あいつと俺は同期入団である。そしてこのチームの2大エースと言われている。あいつは名門高校のエースで4番。甲子園でも優勝して、鳴り物入りでプロに入った。超エリ−トだ。対して俺は甲子園に行くこともできず、ドラフト6位で入団した。いわば雑草だ。
 アマチュア時代の実績が違い過ぎるので、あいつは俺をライバルとも思っていないようだ。しかし、俺は強烈なライバル意識を持っている。あらゆる面であいつにだけは負けたくなかった。
 チームのエースがなれる開幕投手もここ数年はあいつか俺が務めている。チーム内での最多投手と最優秀防御率も必ず俺かあいつだ。昨年の成績は俺が1位で、あいつが2位だった。俺は18勝をあげ、チームだけでなくリーグの最多勝を取り、チームの優勝に貢献した。対してあいつは15勝だった。オフ・シーズンの契約更改で、年俸も俺が初めてあいつをリードした。今年の開幕投手も俺だった。このままあいつをぶっちぎってやるつもりだった。しかし、結果はまったく逆になっていた。
 あいつが1個のボールを大事にしているという話しを聞いた。試合前、そのボールを握り、何かつぶやいているのを見たことがある。
「幸運のボールなんだ」
 開幕間もない頃、チームの皆と一緒に飲んだ時、あいつに聞いてみた。どうやって手に入れたのかは言わなかったが、持っていると幸せになれるという幸運のボールなのだそうだ。その時は、そんな馬鹿なことがあるものか、と思っていたが、あいつの幸運ぶりを見ていると迷信とは言い切れなくなってきた。
 昨日も試合前、あいつがボールを握っているのを見た。そして、あいつは6勝目をあげた。今日、俺は1失点ながら、味方の援護がなく、4敗目を喫した。
 俺はその「幸運のボール」が欲しくなった。盗んだりすれば、真っ先に俺が疑われるだろう。俺は必死に考えた。
「不幸のボールだって」
「そうなんだ。実は幸運のボールなんかじゃない。確かに一時期、成績は上がるんだ。でもその後、ケガをしたり、家族に不幸なことがあったりするんだ」
 最初、あいつは信じなかった。しかし、奥さんとの不仲が決定的になり、離婚の話しが持ち上がり、あわやデッドボールという危険な球を投げられて、おまけに家に泥棒が入ったという事件があり、あいつは俺に相談してきた。
 奥さんとの不仲は俺も知っていた。危険球は俺が仕組んだことだ。相手チームの知り合いにに手を回してやらせた。実際にはぶつけるなと指示しておいたから危険なことはない。泥棒の件は偶然だった。さすがに俺もそこまではできない。少しづつ不吉なことを起こらせて、俺の話しを信じさせるつもりだった。泥棒が入ったのは好都合だった。
「心配するな、俺がいい易者を知っているから、その人に頼んで処分してやる」
 お人好しのあいつは、たいそう喜んで、俺に礼を言った。俺はそのボールをあいつから受け取り、もちろん処分などせず、自分の鞄に仕舞った。
 俺は試合前、こっそりそのボールを握り、そして勝ち星に恵まれるようになった。あいつは奥さんと別居することになり、それがマスコミにバレて、スキャンダルとなり、調子を落とした。試合にも勝てなくなった。
「おい、これは何だ」
 ある日、あいつが俺の鞄の中にあった幸運のボールを見つけた。あの後の俺の好調さと、自分の不調に、さすがに不審になったのだろう。
「単なるお守りさ」
「俺のボールだろ?」
「いいや、あれは処分したよ。別のものだ」
「お前、ふざけるなよ」
 取っ組み合いの喧嘩になった。あいつの持っていたボールであることは明かだ。しかし、俺としてはしらを切り通すしかない。チームメートが止めに入って、何とかその場は収まった。しかし、騒ぎの間に幸運のボールがなくなってしまった。いくら捜しても見つからなかった。
 俺はまたその後、調子を落とした。あいつの調子も上がらなかった。2人の不仲はチームにも暗い影を落とした。チームワークもしっくりいかなくなった。俺とあいつはともに7勝という成績に終わり、チームも優勝を逃した。

「幸運のボール作戦は大成功でしたね」
「まさかこれほど効果があるとは思いませんでした」
 幸運のボール騒動は、昨年2位だったライバル球団が仕組んだものだった。球団の関係者が、あいつに幸運のボールを渡したのだ。もちろん何のいわれもない普通のボールを幸運のボールなどと偽って。
「見事、あの球団をうち破り、今年は我々が優勝しました。まさに幸運のボールでしたね」
「あいつらにとっては不幸のボールですけどね」

                                  了


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