Vol.32   君といつまでも

「ねえ、私たちいつまでも一緒よね」
「ああ、もちろんだよ」
 女は男の態度の微妙な変化を感じていた。出会ってから2年近くが経っていた。初めの頃のようなときめきが薄れていくのはしかたのないことだ。自分は初めて彼に会ったときと変わらず、いや、それ以上に彼に対する愛情は強くなっていることを考えれば、本当は男の情熱が薄れていくのも許せなかった。
 しかし、惚れた弱みである。女は彼と別れることなど考えられなかった。どんなことをしてでも彼をつなぎ止めたいと思っていた。彼の態度からは、単に愛情が冷めただけでなく、自分と別れたいと思っているのではないかというのが感じられた。
 あまり強引な態度を取るのは逆効果にも思えるが、それでもたまにはこうして言葉で確かめてみなければ気が済まなかった。
 男は実際、女と別れたいと思っていた。彼女の愛情が重荷に感じられるようになっていた。しかし、それを口にすることはまだできなかった。
 こうして彼女を助手席に乗せてドライブしていても、まったく楽しくなかった。本当にそろそろ別れ話しを持ち出した方がいいと考えていた。好きな車の運転をすれば少しは気が晴れるかと思い、久しぶりに遠出をしてみたが、心は憂鬱になるばかりだった。
「ずっとこうして一緒にいたいな」
「そうだね」
 彼女の問いかけに渋々同意する。山道に迷ったかもしれない。何処かで道を一本間違えたのだろう。何だかどんどん景色が寂しくなっていた。
 男の視野に行き先掲示板が見えてきた。知った地名を見て男は安堵した。表示通りにハンドルを右に切った。
 しばらく進むと先程と同じ看板が見えて来た。
「ずっとこうして一緒にいたいな」
「そうだね」
 間違いなく先程と同じ看板のはずだ。一本道だったから間違えるはずもない。何故、彼女も同じことを言うのだろう。男は不思議に思いながらも、もう一度ハンドルを右に切った。
「ずっとこうして一緒にいたいな」
 彼女が呟き、またも同じ看板が男の視界に入った。男はさすがに慌てた。
「そうだね」
 しかし、同じように頷き、ハンドルを切るしかすべきことはない。
「ずっとこうして一緒にいたいな」
 彼女が呟き、看板が見えてきた。

                                  了


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