Vol.30   いとしい

 ああ。あなたとこうしているととても安らぐわ。私はあまり男の人とべたべたするのは好きじゃないの。ベットの中で男の人の胸にもたれて甘えるなんて、あまりしないのよ。
 えっ。違うわよ。男の人の経験はそんなに多くないわ。本当よ。もちろん、まったく経験がないわけじゃないけど・・・。甘えるのはあまり好きじゃないの。男の人って、終わった後に女にべたべたされるのって好きじゃないんでしょ。・・・そうかしら?人それぞれなのかしら?
 男の人の胸って広いでしょ。それが好きっていう女の子もいるわ。でも、私は何だか落ち着かないの。変かしら?でも、あなたは何か違うの。こうしているととても安らぐの。どうしてかしら?
 それに、あなたって・・・。ちょっと待って。あなたって誰なの?私はどうしてここにいるの?
 ・・・落ち着けるわけがないじゃない。でも、何だか私はあなたのことをずっと前から知っているような気もするわ。ずーっと長いことこうしていたような安心感があるの。
 えっ、どうして俺のことが分からないのにいつまでももたれているのかって?そうね。そうよ。離れたくないの。何故かしら?
 あなたって、他の人と同じよね。特に太っているわけでも、マッチョなわけでもないし、胸毛もない。こうしていると心臓の鼓動が・・・。あなた・・・心臓の音がしないわ。
 だから安心できるんだって?そうなのかしら?そうなのかもしれないわね。自分の胸に手を当てて考えろって。・・・どういうこと?私も心臓の音がしないじゃない。
 私は・・・ちょっと待って。私って誰なの?ここは何処なの?ねえ、どういうこと?私は・・・
 そうか。そうだわ。ええ、思い出したわ。もちろん、あなたのことも分かるわよ。忘れるわけがないじゃない。どうかしていたのよ。睡眠薬をたくさん飲んだせいかしら。
 そうなのね。私たちは死んだのね。ここは死後の世界なのね。思っていたのと違うわ。私たちきっと地獄に落ちるって話したわよね。でも、こうしてあなたと一緒にいられるなら、ここは天国だわ。
 そうなの?ずっとこうしていられるのね。嬉しいわ。もう離れない。私たち、これから永遠にこうして一緒にいられるのよ。

                                  了


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