Vol.24   想い出の骨董屋

 俺は疲れきっていた。人は俺のことを血も涙もない男と思っているだろう。そういうふうに振る舞ってもいる。しかし、それは仕事を進める上で必要だからそうしているだけで、実際の俺は生身の人間なのだ。
 企業の合併に関するコンサルタントが俺の仕事だ。利益を上げるために社員の首を切らなければならない。多くの人が路頭に迷うこともある。ワンマン社長を追放し、会社を解体して切り売りすることもある。俺は情け容赦なく、利益を上げるために企業を買収し、社員をリストラする。そういうことを平然とやってのける。それが俺の仕事だ。割り切らなければやっていけない。
 しかし、本当は心が痛む。悪夢にうなされて目覚めることもある。今日は、ある男が手塩にかけて育ててきた会社を買収する商談をしてきた。話しは順調に進み、もう契約書を交わす寸前である。その創業者は追放だ。社員も半分は首になる。新しい会社に採用される社員も決してこれまでより優遇されることはない。
 あの社長の恨めしそうな顔つきが今でもまぶたの裏に焼き付いている。もとはといえば、自分の事業の失敗が原因なのだ。俺が怨まれる筋ではないのだが。
仕事帰りに一杯引っかけて来たが、まったく酔えなかった。今夜はあの男が夢に現れて、うなされるかもしれない。
 夜風に吹かれながら歩いているうち、一軒の古い店屋が目についた。いつも通る住宅街である。こんなところにこんな店があっただろうか。
 窓から漏れる仄かな光に引き付けられるように俺は店の前に立っていた。古びた木製のドアには「骨董屋」とだけ書いてある。ドアをあけるとギーッという音がした。骨董品には何の興味もない俺がどうしてこんな店に入ったのかは分からない。何となく引き付けれれるものがあったのだ。
 中には店主らしい一人の老人がいた。俺が入っていってもまったく気にかける様子はなく、目を閉じてじっと座ったままだ。
 店には骨董品というよりもがらくたと呼んだ方がいいものがずらりと並んでいた。メンコやビー玉といった雑貨類、鞄や靴、コーラの瓶や本などもある。どれもが古びていた。俺は何故かとても懐かしい気持ちになり、そのがらくたを見て回った。
 その中にあったブリキのおもちゃを見て、俺は思わず声を上げてしまった。小さい頃、今は亡き祖母に買ってもらったものとまったく同じものだった。幼稚園のとき、弟が生まれた関係で、俺はその頃、おばあちゃん子だった。このおもちゃもとても気に入っていたのだが、すぐに無くしてしまったのだ。
 あのとき泣きわめいたこと、おばあちゃんが、また買ってあげるからとなだめてくれたこと、結局同じものが見つからなかったことを思い出した。
 俺は懐かしくなって、そのブリキのおもちゃを手に取った。
「それが気に入りましたか?」
 目は閉じていても眠ってはいなかったのか。俺が声を上げたので目を覚ましたのか。店主が声をかけてきた。
「ええ、おいくらですか?」
 俺はこのブリキのおもちゃを買うことにした。何だか心が洗われるような気がしたのだ。
「お代は結構です。一品だけ気に入ったものをお持ち下さい」
「いや、でも・・・」
 まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったから、俺は戸惑ったが、店主はまた目を閉じてしまい、俺のことなど気にするそぶりを見せなかった。仕方なく俺はブリキのおもちゃを手に店を出た。店主に礼を言ったが、彼は黙って目を閉じたままだった。
 その夜、俺は夢を見た。あの社長の夢ではない。おばあちゃんの夢だ。
「大丈夫だよ。また買ってあげるから泣くんじゃないよ」
「人様には優しくするんだよ。何処かで必ず神様が見ているからね」
 夢の中のおばあちゃんは、昔のままの優しい声で俺に話しかけてくれた。枕もとにあのブリキのおもちゃを置いていたからそんな夢をみたのだろうか。俺は懐かしさでいっぱいになった。そしてあることに気がついた。
 昨夜のあの骨董屋にあったものは、みな俺のものだ。俺が昔持っていて、何処かに無くしてしまったものだ。
 そんな不思議なことがあるものだろうか。それともあの店を訪れたこと自体が夢なのだろうか。しかし、あのブリキのおもちゃは今もしっかりとここに存在している。
 とにかく今は時間がない。昨日の商談をまとめる約束があった。俺はすっきりしない気持ちながら、スーツに着替えて部屋を出た。
 差し出された契約書を眺めていた俺だが、頭の中では昨日の骨董屋のこと、そして夢に見たおばあちゃんのことを思い出していた。そして俺の気持ちに変化が起きた。
「お金が必要ならば融資します。身売りなどしないでやり直してみませんか」
 俺は契約書を破り捨て、そう言っていた。こんな人情味に欠ける合併話しをまとめてはいけないと思ったのだ。とても優しかったおばあちゃんの想い出の影響だろう。
 唖然とする商談相手を尻目に、俺は合併回避の方向でとっとと話しをまとめてしまった。大変な損害が出るが、まったく気にならなかった。むしろ晴れ晴れとした気分だった。俺はこんなこの仕事は続けていけない。
 その夜、俺は再びあの場所を訪れた。しかし、そこには骨董屋などなかった。

                                  了


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