Vol.19   カリスマ

「まったく世の中どうなっているんだ」
 会社帰りの電車の中で週刊誌を読みながら、腹立たしさに、俺は思わずつぶやいていたらしい。隣に座っている若いOLが、何だこのおやじは?という感じでこちらを見た。俺が見返すと彼女は慌てて目をそらした。きっと彼女には俺のことがくたびれた中年サラリーマンに見えるのだろう。
 実際その通りだ。俺は紛れもなく、くたびれた中年サラリーマンだ。今日あった会社での嫌なことも思いだし、俺はさらに不愉快な気分になった。
 俺が腹を立てた週刊誌の記事は「カリスマ・ブーム」である。カリスマ美容師だの、カリスマ店員だの、今や犬も歩けばカリスマに当たるという状態だ。まったく今時の若い者はカリスマという言葉の意味を知っているのだろうか。そんじょそこらにカリスマがゴロゴロしているものか。俺にとってカリスマといえばアントニオ猪木ただ一人だ。俺はそんなことを考えた。
 次の日、出社すると、若い社員が朝から馬鹿な話題で盛り上がっていた。
「カリスマ・ラーメンて知ってるか?」
「もちろんだよ。今度行ってみようか?」
「でも、店の人に気に入られないと入れてもらえないんでしょ?」
「門前払いなんて格好悪いよなあ」
 まったくラーメンごときにカリスマとは恐れ入る。しかも、客を断るとは何事だ。そんな店はこちらからお断りだ。
「あっ、大島さんも一緒にどうですか?」
 社員の一人に話しかけられたが、私は黙って首を振った。
「大島君、そんなことじゃ若いやつらに嫌われるぞ」
 それを見ていた部長が笑いながら言う。俺は苦笑いするしかなかった。
 それからも世間はカリスマ、カリスマと騒ぎ立てる。俺はもちろん相手にしなかったが、若者だけでなく、俺と同世代のやつらまで若者と一緒になって何たらカリスマとやらのもとに通い始めた。
 誰と話しをしてもカリスマの話題ばかりだ。取引先のお偉いさんもカリスマの話を持ち出す。さすがに文句を言うわけにもいかず、ストレスがたまった。それでも俺はカリスマ・ブームには絶対に乗らないと心に誓った。
 昼食も皆はカリスマの店に出掛けて行く。俺は近くの定食屋で済ます。以前は昼時ともなれば会社員であふれていた店だが、カリスマ定食と呼ばれなかったので、今は客は俺しかいない。
 ある日、会社帰りに週刊誌を広げた俺は驚き、目を見開いた。「カリスマ客−−大島泰造氏」という見出し。決してカリスマ・ブームにまどわされることなく自分の意志で店を選ぶ。彼こそカリスマ客だという内容の記事だった。俺のことだ。
 翌日、出社した俺は、あっという間に皆に囲まれていた。
「大島さん、凄いですよ」
「今度、大島さんの行く店に一緒に連れて行って下さい」
 大騒ぎする皆を無視して、俺は苦笑いするしかなかった。
「まったく世の中どうなっているんだ」

                                  了


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