Vol.15   幸福のメール

 これは幸福のメールです。このメールを三人に送れば、あなたは幸せになれます。でも、もし、このメールをそのまま削除などしたら、どうなるか、当方では責任を負いかねます。
 差出人はMR.X@LUCKY.CO.JPとなっていた。何ともいかがわしい。いわゆるチェーン・メールというやつだ。逆の書き方はしているが、要するに、このメールを転送しなければ、お前は不幸になるぞということだ。
 こういうメールは即座にゴミ箱に捨てるのが正しい対応である。しかし、俺はこのところ幸運の女神に完全に見離されている。パチンコも競馬もまったく勝てない。彼女にも振られた。仕事も決して順調とはいえなかった。
 たとえ何の根拠もない悪質ないたずらだと分かっていても、これ以上、幸運を遠ざけることは避けたかった。しばし迷った挙句、申し訳ないけど付き合ってくれ、という断りを入れて、三人の知人にメールを転送した。
 次の日、MR.X氏からまたメールが来ていた。
 日曜日の東京競馬場8レースで馬連3−4を買いなさい。
 開いてみると、中身はその1行だけだった。
 早速、競馬新聞を調べてみた。俺も競馬は詳しい方だが、どう考えても来そうにない組み合わせだった。予想の払い戻し金は万馬券だった。
 次の日曜、俺は場外馬券売場に出掛けた。もともと毎週のように競馬はやっていた。ここ三ケ月ばかりは外れっぱなしだった。どうせついでだから、メールの馬券を千円だけ買ってみた。すると、何と見事に万馬券が的中してしまったのだ。俺は十万円の現金を握り締め、キツネにつままれたような気分だった。
 しばらくして、またMR.X氏からメールが来た。
 明日発売のナンバーズは875を買いなさい。まだ半信半疑だったが、俺はとりあえず、その番号を買った。そして見事に当選した。
 あれは本当に幸福のメールだったのだろうか?そんなことがあり得るはずはないが、彼の指令通りに行動して幸福がもたらされたがのは紛れもない事実である。しかも、二度続けてだ。
 そしてX氏から、次の指令が届いた。またも万馬券の番号を教えてくれた。今度は一万円を投資した。メールを送った三人の知人にも知らせた。俺は百万円の現金を手にした。
 それからもX氏の指令通りに行動し、幸福がもたらされた。儲かったお金で豪遊したが、とても使いきれないほどだった。
 俺の預金口座はあっという間に一千万円を突破した。最初は信用しなかった三人の知人も、俺の勧めで、今では大金持である。彼らも三人の知り合いにメールしており、その人たちも同じ恩恵を受けていた。その先の三人も、そしてそのまた先の三人も・・・と幸福は広がっていることだろう。
 今までもうけた資金をすべて投資してB社の株を買いなさい。
 X氏からの次なる指令にはさすがに躊躇した。今までは馬券やナンバーズを十万円ばかり買うだけだったから、リスクは少なかった。しかし、今度は貯めたお金をすべて投資しなければならない。万が一、X氏の指令が間違っていたら・・・。リスクが大き過ぎる。
 考えた末、あまりに株価が下がるようなことがあれば、売ればいい。これだけ儲けさせてもらったのだから、少しくらいの損は良しとしようと思い、預金を全額引き出してB社の株を買った。
 ところが、B社の株価はうなぎ上がりで、何の心配もいらなかった。二ケ月後、X氏の株を売れという指令通りに株を手放したが、持ち金は二倍に膨れ上がった。そしてB社の株はその時を境に下降していった。
 あなたがこれまで儲けた全額をこの口座に振り込みなさい。
 次のメールにはまったく迷わなかった。指定された口座に全額を振り込んだ。一体、どんな幸福が訪れるのか、ワクワクして待った。
 一ケ月経ち、二ケ月経った。X氏から次の指令はこなかった。
 三ケ月後、X氏から一通のメールが届いた。
 この度は幸福をお買いあげいただき、ありがとうございました。あなた様には、存分に幸福を満喫いただけたものと存じております。お届けしました幸福の代金は確かに受領致しました。以上を持ちましてお取り引きを終了させて頂きます。

                                  了


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