Vol.13   悪魔のしっぽ

 陰気な感じのする中年男だった。道端で、シートを広げているのだから、いわゆる露天商なのだろうが、別に客引きをするわけでもなく、ただ黙って座っている。あまり、人通りの激しいところではないが、たまに通る人も彼のことなど見向きもしない。
 私もそのまま通り過ぎようと思ったのだが、彼が広げている商品を見て、思わず立ち止まってしまった。私の欲しかったものがあったわけではない。あまりに奇妙なものを売っていたからだ。
 矢印の形をした黒いもので、爬虫類か何かのしっぽがひからびたような感じのものだ。漢方薬かと思った。それが10個ばかり並べてあった。何の説明が書いてあるわけでもない。ただ無造作に並べてあるだけだ。
「これは何ですか?」私は尋ねた。
「悪魔のしっぽです」彼は平然と答えた。
 私が怪訝そうな顔をしていると、彼は淡々とした口調で、説明を始めた。
「13日の金曜日、夜の12時ちょうどに、二つの鏡を合わせるのです。鏡の中に鏡が写り、その中にまた鏡が写り、その繰り返しですね。そうすると、一方の鏡の奥から悪魔が走って来ます。そしてもう一方の鏡の方に走り去って行くのです。こっちの鏡から走り出て、向こうの鏡に走り込む瞬間に、悪魔のしっぽを聖書で挟むのです。そうすると悪魔を捕まえることが出来ます。悪魔を逃してやる代わりに、願いごとを1つ適えてもらえるのです」
 私は彼に話しかけたことを後悔した。どうやらまともな人間ではないようだ。そんな私の思いを感じ取ったのか、男が話しを続けた。
「私も最初は信じませんでした。でも、試しにやってみたら、本当に悪魔が走って来たのです。その時は驚きのあまり何も出来ず、悪魔は走り去ってしまいました。次の13日の金曜日を待って、もう一度やりました。聖書でしっぽを挟むというのは、なかなかタイミングが難しくて、この時も悪魔を捕まえそこねてしまいました。何度か挑戦して、ようやく悪魔を捕まえました。悪魔は困ったような顔をして、私を見ました。しかし、次の瞬間には、しっぽを切り離して、逃げ去りました。残ったのは聖書に挟まれた悪魔のしっぽだけでした。それから何度も挑戦していますが、結果はいつも同じです。悪魔はしっぽを残して去ってしまいます」
「それが、このしっぽというわけですか?」私は並べられたしっぽを指差した。
「そうです。試しに、しっぽに願いごとを言ってみました」
「それで、適ったのですか?」私は尋ねた。
「適ったら、こんなところで露天商などやっていません」男は、何を当たり前のことを聞くのだという感じで言い切った。
「しっぽは売れますか?」私はさらに尋ねた。
「いいえ、売れません」男はまたも当然のように答えた。
私は彼の答えに納得し、その場を離れた。そんな悪魔のしっぽを買う者など、確かに1人もいないだろう。

                                  了


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