夜に爪を切るとヘビが出る。そんな諺を思い出した。まだ電気も普及していなかった頃は、夜は薄暗く、切った爪が何処かに飛んだのを見落としてしまう。後でその爪を踏んだりして怪我をするから、夜に爪を切ってはいけない。それをヘビが出るからと表現したのだ。そんな話しを聞いたことがある。昔の人の知恵に関心したのを覚えている。
別に爪を切っていたわけではないが、今は確かに夜である。部屋の中をヘビが横切ったような気がした。電気を消し、ベットに入っているので、ヘビのようなシルエットが見えただけだ。それほど大きなものではない。長さ10センチくらいの細いものがクネクネと動いていたように見えたのだ。しかし、気のせいだろう。まさか、都内のマンションの部屋の中にヘビがいるはずはない。私は布団から出るのがおっくうだったこともあり、気にするのを止めた。そしてそのまま眠りに落ちた。
次の日、ヘビのことなどすっかり忘れて、1日を過ごした。帰宅して、ベットに入った時、細長い物体が再び現れた。2日続けてなので、私は起き上がり、部屋の電気を点けた。しかし、その物体は何処にもいなかった。
次の日は休日だったので、部屋の中でテレビなど観ながら過ごしていた。すると、その物体が昼間に現れた。まぎれもなくヘビだった。チョロチョロと赤い舌を出した、緑色のヘビと目が合い、私は凍りついた。ヘビはしばらくの間、じっとこちらを見ていたが、やがてクネクネと動きながらテレビ台の裏に潜り込んだ。
ようやく我に返った私は、恐る恐るテレビの裏を覗き込んだ。しかし、ヘビの姿は見当たらない。台ごとテレビを動かしてみたが、ヘビはいなかった。部屋中引っかきまわしてみたが、遂にヘビは見つからなかった。
こうなると安心して寝ることも出来ない。それでも寝ないわけにはいかないから、明かりを点けたまま、ベットに入った。
結局ほとんど眠れなぬまま夜が明けた。ベットから起き出した私の目に、いつの間に現れたのか、部屋の真ん中にいるヘビの姿が飛び込んできた。私はゆっくりとヘビに近づいた。今度は動き出す気配がない。私は意を決して、ヘビの鎌首をつかんだ。急いで窓を開け、ヘビを投げ捨てた。
それから会社に出かけ、帰宅した私を、そのヘビが出迎えてくれた。いつの間に戻ってきたのだろうか。戸締まりはしてあるはずだが、何処の隙間から入り込んだのだろうか。よほどこの部屋が気に入られてしまったようだ。私は逆上し、靴べらを手に取り、ヘビを叩いた。見事に命中し、ヘビは2つにちぎれた。私はちぎれたヘビに近づいた。血は出ていなかった。切れ口も鋭い刃物でスパッと切ったようだった。もうまったく動かなかった。私はヘビの死体を袋に詰め、ゴミ捨て場まで捨てに行った。
次の日、目が覚めると、何とヘビが部屋の真ん中で、私のことをじっと見つめていた。昨日、殺したはずのヘビと、そしてまったく同じ色、大きさのヘビがもう1匹、2匹のヘビが並んでいた。私は思わず、目覚し時計を手にとり、投げつけた。2匹に命中した。ヘビは2匹とも、いとも簡単にちぎれてしまった。昨日と同じく血も出なかったし、切り口も奇麗だった。私はヘビの死体を袋に詰めて、部屋を出た。昨日より遠いゴミ捨
て場に捨てた。
そのまま会社に出かけ、夜に帰宅すると、部屋の中に4匹のヘビがいた。私は恐怖のあまりパニックに陥った。キッチンから包丁を持ち出し、ヘビを切りつけた。4匹とも簡単にちぎれて、動かなくなった。それでも私は安心出来ず、さらに細かく切り刻んだ。袋に詰め、公園まで行って、ヘビの死体を燃やした。完全に灰になったのを確認し、地面に埋めた。
それでも不安は消えなかったが、最近はヘビのせいで満足に眠れない日々が続いていた。部屋に戻り、ベットに入った私は深い眠りに落ちた。翌朝、目が覚めた私は、ハッとあたりを見回した。ヘビの姿はなかった。私はようやく安心して、部屋を出た。
会社から帰宅した私が、ドアを開けると、部屋の中いっぱいに無数のヘビがうごめいていた。
了