鈴木氏は悲観的な性格の持ち主です。ちょっとした用事で遅くなってしまい、一人で車を運転して、真夜中の山道を走っているところですが、寂しい景色に心細くなり、何か不吉なことが起こらないかと心配しています。
「ちぇっ、霧が出てきやがった。前がよく見えない。うさぎでも飛び出して来たら、轢いてしまうぞ」
鈴木氏が呟いたとたん、ガンという音がして、車に何かがぶつかりました。鈴木氏が車を止めて外に出てみると、うさぎが車にぶつかって死んでいることが分かりました。
「何てことだ。うさぎだから良かったけれど、人だったら大変なことになるぞ」
鈴木氏はぶつぶつと独り言を言いながら車に戻りました。こんな真夜中の山道を歩いている人などいないでしょうが、悲観的な性格なので悪い方へ、悪い方へ考えてしまうのです。
ガン、また車に何かがぶつかりました。先程のうさぎのときより大きな衝撃でした。鈴木氏が慌てて外に飛び出すと、今度は、人が血だらけになって倒れていました。もう死んでいるのは一目で分かるほどのひどい状態でした。
鈴木氏は車に飛び込んで、急発進しました。少しは良心がとがめましたが、この場を逃げ出したいという気持ちの方が圧倒的に大きかったのです。
「何てことだ。人を殺してしまった。最悪の夜だ。自首した方がいいのだろうか?いや、誰にも見られていない。警察にも分かるはずはない。でも、あの人の幽霊に呪われてしまうぞ」
鈴木氏が呟くと、後ろの座席に血まみれの男の幽霊が現れました。バックミラーに写るその幽霊の姿を見た鈴木氏は、心臓が口から飛び出すほどに驚きました。
「うわーっ、消えろ!」
鈴木氏が思わずそう叫ぶと同時に、幽霊の姿は消えてなくなりました。
鈴木氏はこのとき、自分が口にすることがすべて現実のものとなっていることに気づきました。
それならば、何も悪いことばかり言う必要はない。俺は今まで悲観的な性格で随分、損をしてきた。よし、楽しいことを言ってやろう。鈴木氏はそう考えました。
「楽園に行こう」
鈴木氏が言ったとたん、突然、目の前に対向車が現れました。慌ててブレーキを踏みましたが、とても間に合いそうにありませんでした。しかし、鈴木氏は激突の衝撃を感じることはありませんでした。代わりに、眩いほどの光を感じました。突然、昼になったような感じです。
鈴木氏は車を止めて外にでました。そこは光と緑に満ちた、まさに楽園でした。鈴木氏は本当に楽園に来ることが出来たのです。
鈴木氏が、半信半疑で楽園を進んで行くと、前方に、白い服を着て、背中に羽根をつけた美しい女性が立っていました。頭の上には白い輪っかが浮かんでいます。
「ようこそ天国へ」
その女性がにっこりと微笑みました。
了