Vol.10   雪

 1999年、世紀末。ノストラダムスの予言によると人類が滅亡する年だ。世間はそんなくだらないことに大騒ぎしていたが、俺はまったく気にしなかった。「空から大魔王が降りてくる」といわれた「七の月」を過ぎたあたりから世間の馬鹿どももノストラダムスのことなどピタリと話題にしなくなったが、あんな根拠の何もない話しを気にするなんて実に馬鹿げたことだ。
 今年も残すところあと3週間。確かに、戦争だの、核兵器だの、世の中の状況はあまりよろしくない。日本の不景気もどん詰まり状態だ。もし、俺が神様なら、このへんでリセットして、最初からやり直そうなんてことも考えるかもしれない。しかし、とりあえずは今年も何ごともなく終わろうとしている。
 そんなことを考えながら窓の外を眺めると、いつの間にか雪が降っていた。
 雪は降りつづけた。東京にしては珍しい大雪だ。俺はもう子供ではないから外に出てはしゃいだりするわけではないし、通勤の大変なことを考えればやっかいなことにも思えるが、雪というのは、何かロマンチックで好きだった。「この雪は積もりそうだな」俺は少しハッピーな気分でベッドに入った。
 翌朝、雪はかなり積もっていた。会社に行くのは一苦労だった。雪は1日降りつづき、電車も止まりそうだったので、みな早く家路についた。今日は金曜日で、明日は休みなのが幸いであった。雪はしんしんと振りつづいている。
 土曜日も雪は止まなかった。特に出掛ける用事もなかったので、俺はただ「よく降るなあ」と思っただけだった。
 日曜の朝、外を見て驚いた。雪はまだ振りつづけていた。積もった雪の高さは俺の住むアパートの1階分に達していた。「ここは東京だぞ」雪国でもないのに、これは異常である。俺はもちろん、世間も騒ぎ出した。 ニュースが伝えるところによると、何とこの雪は世界中で降っているそうだ。ハワイやアフリカなど熱帯の国にも雪が降っているのだ。
 雪はさらに振りつづけた。人類は、自然の力の前にいかに無力であるかを思い知らされることになった。降りつづける雪に対して、人は何もすることが出来ず、雪の下に埋もれていった。俺も雪の下で死んだ。
 しかし、雪はふりつづいた。日本は完全に雪の下に埋もれた。それでも雪は降りつづけた。今や、積もった雪は地球で最も高い所、エベレストの頂上をわずかに残すだけだった。
 エベレストの頂上を目指して、ヨタヨタと歩いて来る男がいた。人類最後の一人である。頂上に立ち、天を見上げ、まだ雪が降りつづいているのを見ると、絶望して、その場に倒れ込んだ。
 雪は降りつづいた。エベレストの頂上に倒れた最後の人類を覆いつくすまで・・・。
 そしてようやく雪が止んだ。人類は今、滅亡した。1999年12月31日のことだった。

                                  了


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