2003, Winter.

 

 

夜空ノムコウ

 
 

 べつにそう約束したわけじゃないし、相手はもう覚えてもいないのだろうけど、10月のこの時期、僕には行く場所がある。

 以前いつもそうしていたように、地下鉄に乗り、しばらく揺られて街に降り立った。何も変わっていないようにも、また、いろいろなことが変わってしまったようにも見えた。

 校舎のある小高い丘をのぼり、その上の広大な敷地にあるベンチに座った。

 部室の横で女の子がフルートを吹き、サークル参加者募集のポスターが風に飛ばされ、向こうで何人かがドラムの練習をして石を叩いていた。

 ここは本当は、僕がいる場所ではなかった。もう果たされることもない約束が、本当に消え去ってしまったことを教えてくれる場所だった。

 敷地を出て、歩いているうち辺りは暗くなり、公園に寄ることにした。丘の上から街が見下ろせた。高速道路の明るい光、ラッシュの始まった電車、国道16号、家々の数え切れない灯り。そのうちの一つは、きっと以前、よく知っていた人が住んでいたであろう光だった。

 『誰かの声に気づき ぼくらは身をひそめた 公園のフェンス越しに 夜の風が吹いた』

 ふと想い出した。「夜空ノムコウ」に、そんな歌詞があった。

 

 「非現実に生きるタイプなのに、現実の中でちゃんと仕事して生きてるなんておかしい」とその人は言った。

 責められてるのかと思い、自分をなじっているようにも聞こえたので、そうさ、と答えた。言葉に詰まった彼女はとても怒っているように見えたが、無視することにした。

 確かに就職する前は、きっと自分は社会の中で生きていけないタイプだと思っていた。それでも実際はそれなりにうまくやっていけたのだ。お互い東京で荒波に揉まれていた。その人は、それ以上は何も言わなかった。

 でも、今こうして公園から夜の風を眺めていると、自分はいったいどこで何をして来たんだろう、と思う。

 20代は働いてばかりだった。いつしか本も読まなくなった。ちっぽけなプライドは、こうして丘の上にいると何の意味もない。そんなことのために、上司に逆らって会社を辞めて、今何がある?

 

 「男女に友情なんてないよ」と僕は言った。「そんなことない」とその人は言った。「いつでも逢えるよ」。

 でも、さっさと結婚して、どこか知らない場所にいる。やっぱり、友情なんてないじゃないか・・。

 『夜空のむこうには もう明日が待っている』

 そう呟いてみた。