ハイ・アンド・ドライ

 

 

 

 

 

 春は出会いの季節だが、いつもこの時期になるとほんの少しだけ胸がきりりと痛むことがある。何かが始まる前の不安や、なんだか落ち着かない雰囲気のようなもの。大学へ入って初めて一人暮らしを始めた時や、これから社会人になるという時の、あの何ともいえない気持ち。

 新しい出会いのための幾つもの別れや、お互い違う道を歩き始めた友人たち、そういったことが一体となったものだろうか。当たり前のように受け流せる歳になった今でさえ、何かの折にふと思い浮かんだりする。そしてそんな時、同じように思い出す曲が、レディオヘッドの「high and dry」だ。

 もう何年も前、就職のため引っ越した川崎のダンボール箱だらけの部屋で、一番始めにセットしたステレオからJ-WAVEが流れている時だった。数日後は入社式なのに部屋は眠る場所しか確保できておらず、これからのことは不安だらけで、疲労感を持ちながら片付けに没頭していた。

 不意に流れてきた曲にはっと我に返ったのは、辺りが暗くなった頃だった。美しいギター・ラインに、静かに、けれど徐々に力強くなっていく歌声。静寂と思いのたけの心情の吐露。あまりのことにすべてそのまま、半ば茫然として聴いた。DJは、レディオヘッドのハイ・アンド・ドライです、と言った。

 出たばかりのアルバムからのファーストカットだった。それまでレディオヘッドは知っていたけれど、幾つもある「期待のニューカマー」のひとつだった。でももうその一曲だけで十分だった。すぐにアルバム「The Bends」を買いに行った。聴いて打ちのめされた。すごいアルバムだった。そのクオリティはぼくの中では90年代のベスト・ロック・アルバムで、「high and dry」はオールタイムのベスト・シングルになった。

 レディオヘッドはその後アルバムを2枚出した。始めの1枚があの「OKコンピューター」で、もう1枚が「KID A」だ。知っての通り、レディオヘッドはこれらのアルバムで、ほんとうにロック・シーンのトップに立った。そして素晴らしいことに、今でも真摯な姿勢を持ち続け、恐ろしいほどのクオリティを持ち続けている。

 川崎の部屋はその後引っ越してしまった。社会の中にいると学生の頃と違い、毎年人の流れなどどんどん変わる。今では当たり前のことで、もう何も思わなくなった。今さらぼくは親しい友人と別れた時のような気持ちになれるのだろうか。大切な誰かと離れなければならない寂しさを感じるのだろうか。それさえも、いつか何も思わなくなるのかもしれない。

 もし不安になったら、そして新しい出発のために別れが必要になったら、その時には「high and dry」を聴こう。彼らの歌は、不思議とまっすぐ前を見させる。静かに、でもしっかりと、前に向って歩いていくだけだ。

 

(2001.5.7.)


essays index