Rock
            David Bowie / Heroes (1977)
   

 

 パンクが一気に広まった77年、ロックにとって明らかなエッポク・メイキングとなったパンク革命と共に、この年起こったもう一つの重要な出来事は、ボウイの「ヒーローズ」が出たことだった。

 オールドウェーブなロックからニューウェーブへ。その橋渡しは、初期衝動で突っ走ったパンクとは全く違ったやり方で、同時期、もっと深く、より自覚的に、デビッド・ボウイ&ブライアン・イーノの手によるこのアルバムによって行われた。

 モノクロのジャケットに表された、くっきりした陰影。そのヨーロッパ的な鋭さと同じように、このアルバムの中には、その後10年間にロック史で起こったことの殆どが凝縮されている。

 アルバムのハイライトは、なんといってもタイトル曲である「ヒーローズ」。これは恐らく初めてロックの視点からニューウェイブの可能性を指し示した曲であり、ロック史上最もかっこいいとも言われる曲のひとつ。シンセの倍音とディレイ、反復とエコー音、残響をおもいっきり使った音の空間的広がりは、まさに覚醒的と言うにふさわしい。

 後にスティーブ・リリーホワイトとXTCが「ブラック・シー」で作り出した爆撃残響ドラム(そのままU2へと引き継がれていく)の原形となったと思われるサウンド・アプローチは、その増幅ギターを弾いてるのがキング・クリムゾンのロバート・フリップだというのも象徴的。彼もまたここで独創的で浮遊感溢れるサウンドを創り出している(フリップはこの後、解散状態だったキング・クリムゾンをエイドリアン・ブリューなどを入れてニューウェーブに大復活させる。ヘヴィメタ・プログレと本人は言っていた)。

 さらにもう一つ特筆すべきなのは、アルバム最終曲「アラビアの神秘」で見せたエスニックな曲調。これはロックがエスノの要素を取り入れた最初期の曲で、この後アフリカン・ビートやワールド・ミュージックが80年代の一大潮流となっていったことを考えると、この時点ですでにその方向性を指し示していたことになる。これは実に予言的な出来事。

 ボウイ自身はそのままエスノ・ビート追求の方向には向かわなかったものの、この後イーノのプロデュースで80年にトーキング・ヘッズが「リメイン・イン・ライト」を発表。大胆なアフリカン・ビートをはじめとするエスノ・フレーバーの導入とファンク、ニューウェイブの融合で、シーンに衝撃を与えることになる。ヘッズのデビッド・バーンとブライアン・イーノの功績は、しかしこのボウイの「アラビアの神秘」で芽を出していたものの発展形だったのだ。

 その後出てきたニューウェーブ・バンド群に圧倒的な影響を与え、さらにニュー・ロマンティックスへも引き継がれていく一大潮流を決定づけたアルバム「ヒーローズ」。それはまさにデビッド・ボウイとブライアン・イーノが確立させた音世界であるが、今聴いてもその先鋭的な音作りは、通り過ぎたニューウェイブの懐かしさなど少しも感じさせない。よくグラム・ロックの象徴のように言われるボウイだが、それ以上とも思える音楽的成果が、ここにはしっかりと息づいている。