Triumph Thruxton900


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当時のカタログより

昔、SRX400(600)というバイクが流行ったことがあった。当時としてはデザインコンセプトが斬新で、結構アーバンに決まっていた。街中で、よく見かけたものだった。

しかし何故か、人間が乗るとどうにも浮いてしまう。不思議なデザインのバイクでもあった。アパレルも難しくて、試行錯誤の結果(?)黒のブルゾンに黒ジーンズ、みたいなのが定番になり、SRXに乗ってるのはみんな、カラスばっかりになっていた。ちょっと不思議な光景だった。

スラクストンは、あれに似ていると思う。
たぶん、このバイクをカッコ良く乗るのは、相当難しい。

ハンドル低く、やる気十分なポジションだが、端から見た図は、古くさいバイクで妙に気張っているおじさん(笑)。腰を引いてちゃんと座っても、印象は変わらない。
止まった時、足を着くには前の方に座る方が収まりがいいので、ついそのまま漫然と走っていると、昔よく居た、背筋の弱い女の子のようで、さらにカッコ悪い。
アパレルも悩む。皮なら上下黒限定?。まさかGジャンは止めよう、いい歳こいて漫画のマネじゃ悲しすぎ。

つまりだ。
スラクストンのデザインイメージは古い。今の世では浮いてしまう。
今の世で浮かないように収めるには、相当、斬新な感性が要る。
斬新な感性は、おいそれとは受け入れられない。
どちらにしろ、理解され難い。

ね、キメるのは難しいよきっと。


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   ショップにて
(Thruxton でなくBonneville)


まあ見た目はしょうがないとして。
乗った感じはどうか。

エンジンには面食らった。360°クランクである。振動はシングルそのものだ。だから、シングル特有の狭いパワーバンドを身体が予想してしまう。しかし、実際はパワーバンドは実に広い。トルクの出方もスムーズで扱い易い。等間隔爆発が効いているらしい。トラクションによるキックは、排気量にしては今やカワイイ部類だが(キャブでしたから)、この車体を操るに十分なトルクを、いつでも呼び出せ、かつそこからの伸びも良い。高回転でもジェントルで、四発のような威圧感がない。大変優れた、大人のパワーユニットである。

シャシはほどほどである。見た目、ステアリングヘッドからのエンジンマウント辺りが結構ゴツイので期待させるが、実際の剛性感は大したことはない。スイングアームは、フレームではなくエンジンにマウントされる構造で、フレームはピポットを迂回するような妙な構造を取る。この辺りの処理が効いてしまうのか?、何となく、ぼんやりした印象に終始する。

足周りの剛性・設定も、印象は同じ範疇だ。適当に流す、もちょっとガンバル、の程度なら何とかなるが、もっと突っ込もう!、という気にはならない。何となく、タイヤの空気が抜けた時のような、今ひとつの印象。(※下注)

シャシバランスは、見た目通りである。重い物が下部(クランク〜ミッション)に集中している。低重心で扱い易く、コーナーでの操作感にこだわらない、ラクした乗り方が相応しい。反面、タイヤが細くスラストは弱く、またトラクションで押し込むタイプでもないので、スポーツライディングには向かないし、限界も高くない。乗り味としては優しいので、BMWの旧OHVフラットツインに近いかとも思う。

あまり攻め込もうとなどとは思わず(所詮、国産高性能車の敵ではない)、緊張感をあまり高めずに、リラックスした走りが似合う機体だと思う。

しかし、それなら、従来のハンドルが高いモデル(ボンネ)の方がいいだろう。背筋を延ばしたポジションで見晴しも良く、街中でもフィッティングがよい。やはり、こちらが本来のモデルなのでは、と思う。


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文句ばかりなので誤解を招きそうだが、これは、国産によくあるような、ナマクラな走りで良しとした、テキトーなモデルでは決してない。今、バーチカルツインを乗るなら、こういうモデルが良かろう、という、設計者の明確な意図が感じられる。その意味で、しっかりと造り込まれた機体である。

機体とライダーのベクトルがシンクロした時、これは良い相棒になりうる。市場では、いわゆるカフェレーサー然とした、見た目の印象で語られることが多いようだが、それを超えた、確かで豊かな感性で、選んでもらいたいモデルだと思う。

また、何も知らないオジさんが、イメージでポン買いしてしまったとしても、これならさほど悪くはなかろう。非現実的に高性能化したBMWなんかより、よほど良いのではなかろうか。値段もそこそこだ。

しかし、気になるのは、タイヤである。フロントが18inchのバイアス、リアが17inchのラジアル。あまり選択幅はないのではなかろうか。昔、国産でよくあった、車体のアラをタイヤ設定で何とか納めたタイプに見えなくもない。ちょっと気になる。

さらに、チューブタイヤである。今時、これは悲しい。せめてキャストの剛性とチューブレス、それ相応のしっかりした車体剛性くらいは、基本性能として必要だと思う。自腹でキャスト化するのも難しいだろう。タイヤのサイズを変えるようなことになれば、このタイヤ設定の「妙」を消し去ることになる可能性があるからだ。

スタイル的に、これら一連のバーチカルツインに、キャストホイールなど似合わない、という意見もあると思う。
そんなことはわかっている。

そうではなくて、現代技術の最低水準をクリアして、かつ、それが似合うくらいの造り込みが結実した成果が出せて初めて、トラのバーチカルは、21世紀に蘇った、と本当の意味で言えるのではないか。私はそう思うのである。

まあ、スポークの昔ながらのスタイリングがよい、というならそれでもいい。外見優先ね。ハーレーと一緒だ。パンクしたらJAFを呼べばいいんだ。(ってホント?)
しかし、メッキの質は、日本の多湿に絶えられるほどは厚くない。きっちり錆びるので、手入れはちゃんとした方がいい。外見など、所詮はかないものである。

※ 注
試乗車は売り物である。しかし試乗者は雑多である。店としては、あまり試乗者に無理をしてもらいたくない。対処法の一つとして、適当にタイヤの空気を下げておく、という噂も耳にする。ちゃんとした乗り味を示せないなら、試乗車として意味がないと思うのだが、実際は、もう惚れて買いに来て、試乗はついでに、という例も多いのだそうだ。だから、試乗車のコンディションなど二の次、アツく乗られては困る、無事帰還を優先、とホザく店員もいるようだ。今回、私の触れた個体が、そういう「対策済み」だったのかどうかは、わからない。(単なる整備漏れだったりして。)


ombra 2005年 12月

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