Bimota Tesi


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当時の広告より


1990年に登場した、前輪周りの、特異な構造が特徴のモデル。

従来のテレスコピックフォークではなく、リアと同じようなスイングアーム様式で前輪を支える。舵は、ハブに据えられた回転機構を、ハンドルからリンクを引き回して操作する(ハブステア)。エンジンはドカティの水冷。

Tesiとは、イタリア語で論文、命題、といった意味。Bimotaのチーフエンジニア、マルコーニ氏のボローニャ大学の卒論がアイデア元であることによる命名。


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当時の広告より


これほど強烈な印象をもたらした機体は、他に無い。
そのシャシの特性は鮮烈だった。

試乗コースは街中で、バイクの性格にはあまり相応しくなかったが、そのハンドリングは、最初の交差点から衝撃的だった。

コーナーでの前輪依存度が、異常に高い。
前輪に猛烈なスラストがかかる。

一般のテレスコに例えると、ブレーキをかけたままギャンと倒し込んで、前輪が進行方向に対して明確に切れている、そんな状態に近い。物凄いストレスを、前輪にかけられる。

おいおい、試乗車で、しかも交差点なんかで、そこまでやって大丈夫か?。

これが、全然怖くない。

前輪がスラストに負けて、ずるずる滑り出すまで頑張っても、怖くない。

クソ太いラジアルが、荷重に負けて滑っているのである。
そんな状況でも、車体の挙動は安定している。
ただ、横に滑るだけ。ああ前輪が滑ってんな。それだけ。

ブレーキの感覚は、直立時でも特異である。テレスコなら、ストッピングパワーは、手元のステアリングヘッドに、まず感じるものだ。
Tesiは違う。スネの辺りの高さに、前後方向にガンと力が伝わって、それで終わり。

人間の乗る、かなり下の方にある水平面上で、全ての応力のカタがついてしまう。
これが何をもたらすか。

前輪からのスリップダウン、という悪夢からの解放である。

普通のテレスコのバイクでは、前輪からの入力は、フォークで上へ引っぱり上げられ、ステアリングヘッドをひねるモーメントになる。いわば、ステアリングヘッドに、フォークという長い棒を差し込んで、てこの原理でいじめ倒しているようなものだ。我々はいつも、フォークからの入力でステアリングヘッドをねじる、この感覚に慣れている。

Tesiは違う。応力のほとんどは横に伝播するだけで、ひねる力:モーメントにならない。だから、タイヤが滑っても、車体を回す:コケる、方向に力は動かない。ただ、横に滑る、それだけで終わる。


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バイクは日々進化して、その荷重容量を上げている。
それ自体は悪くない。
しかし、公道ユーザにとって、反面的に問題となることが二つある。

荷重の破たんの限界が、通常使用域より遥かに高く、予測可能な範疇にないこと。

破たん時は、既に相当エネルギーが高い。そこで突然、難しい対処を迫られることになること。

普通に乗っているだけでは、わからない、できない、あっという間。
そういう「どうしようもない瞬間」が、いきなり訪れる。

晴れて路面も良ければ、昨今のバイクなら、まず破たんはしないだろう。だから腕はそれなりだとしても、バイクまかせで何とかなってしまう。しかし、ギャップだ砂だ雨だ、公道ライダーの足元は、いつすくわれるかわからない。そんな状況で、ただ限界荷重だけを高めたバイクのポテンシャルは、無事に帰れるか、には寄与しない。これが、我々公道ライダーを取り巻く、技術の進歩のアンビバレンスである。

それを、Tesi は、あっさり解決していた。

高過重ラジアルの前輪のパフォーマンスを一般ユーザに解放するには、前輪から車体への入力を位置的に下げて、モーメントを減らせばいい。

我々の状況に一般化しよう。
ステアリングヘッドが低い車体構成は、公道ライダーの安全に寄与しうる。
Tesi がくれた、テーゼである。

もちろん、ステアリングヘッドが低ければ良い、というものではない。
他の要素の最適化は必須である。


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しかし、ハブステアにすれば全て解決、というほど、事は簡単ではない。

まず、Tesi は、公道バイクとしては失格だったと思う。

ハブステア機構の周りで市場不良を出したらしい。あれだけのストレスが一点に集中する構造だから、さもありなんとは思う。しかし、造り込みというか、バグ出しが足りないという指摘は免れないだろう。ワンレース毎に部品を替えるレーサーならまだしも、公道バイクとして維持するのは、かなり大変だろう。そこはキッカリBimotaである。

ではレーサーとしてはどうか。
今や、もう大したことはないだろう。

コーナリングの効率は、昨今の、背が高くて前後に短いスポーツバイクの方が、遥かに高い。理想状態(サーキット)では、タイヤのポテンシャルはツインチューブと倒立で処理できる、そういうトレンドがまだしばらくは続くだろう。

Tesiの基本は、多分、db1に乗るタルドッツィが筑波で見せたような、スラスト効率の高いコーナリングマナーを強化したハンドリングだ。
しかし、db1 は小さく低かったから、ハンドリングの自由度が高く、素晴らしかったのだ。
Tesi はデカい。
でっかいdb1 なんて、意味ないじゃん。

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問題は、我々の方にもある。

当時、一緒に試乗をしていた人々の反応を伺うと、これがあまり良くなかった。

「前輪の接地感に乏しい。」
「ハンドルのガタが大きい。」

確かに、前輪とハンドルは直接つながっていないので、ハンドルからの情報量は、テレスコよりは少ない。これは機構的に仕方ない。ハンドルの回転を前輪に伝えるのはリンクだから、テレスコよりは大きいガタを持つ。私は、試乗の時にハンドルを操作しなかったので、これはわからなかった。(セルフステアは自然だったので、ハンドルを操作する必要はなかった。)しかし、普段、ハンドルを積極的に操作している人たちにとって、このガタは相当不快だろう。

つまり、ハブステアは、我々に「出直し」を強いる可能性がある。

ハブステアを公道バイクとして熟成させるには、造る方も乗る方にも、課題が大きいようだ。


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まだ未熟性のハブステアだが、将来性はあると思う。

メーカーの開発として、最も切り込み易い面として、四輪ばりの、パッシブセーフティの向上が挙げられると思う。
例えば、ハブステアとABSを組み合わせれば、公道ライダーのブレーキングのリスクをかなり減らせるだろう。こけてもライダーの足を潰さないエルゴノミックなデザイン、四輪のエアバック技術の応用による対衝突安全対策なども、同時に立ち上げれば、相乗的な効果効率の向上が期待できる。
その上で、重心位置を高めに取って、アライメントを最適化すれば、スポーツ性も十分演出できるだろう。

しかし、日本のメーカーは、ハブステアに全く手を出さない。
ホンダは、エルフの貯金(借金?)が相当あるはずなのに、全く動かない。


(RIDERS CLUB誌 No.128 1989-2) elf-5 の勇姿


   (当時のカタログより)
GTS1000の資料画像。結構、力作ではあったと思うのだが。やっぱり、幅広の四発にスイングアームは厳しそう・・。


ヤマハは一度、トライしたことがあったが(GTS1000/A)、あれはクルーザー然とした特性で、ここでの狙いとは全くの別物だった(し、すぐ引っ込めた)。

まあ大体、日本のメーカーは、量産実績のない新技術にトライする程、熱心でもないし煮詰まってもいない。しばらくは何も期待できないだろう。

手を抜いた量販車で儲けて、レーサーに適当に突っ込んでイメージのテコ入れ、なんてのの繰り返しばかりでなく、将来に向けた真面目な開発も、少しはしてもらいたと思うのだが。

しかし、未成熟なままハブステアを出されるよりは良いのか、とも思う。下手をすると、間抜けなスクーターになってしまう可能性があるからだ。(「従来より下にある面内で応力を処理する構造」というのは、フロアで応力を受け持つスクーターに似てしまう可能性があると思っている。)

ハブステアのテクノロジー。このまま廃れてしまうとしたら、何とも惜しい。もし実現できれば、バイクが、その技術的母体である「自転車」のアーキテクチャーから、100年を経てやっと自立できる。

そう思うのだが。


以前は、ハブステアにもいろいろな研究例があった。

ジョン パーカーさん作 RADD MC2(GTS1000と同じ設計者による)
ベース車両はFZ750。しかしカッコイイ・・・。
(RIDERS CLUB誌 1987.9 No.111 より)

もっとプリミティブな研究例も・・。
BMWのOHVフラットを素材に選んだ例。トニー フォールさん作 Project QL
(RIDERS CLUB誌 1986.4 No.94 より)


マルコム ニュエルさん作、Phaserプロジェクト(クエイサーの次)
(RIDERS CLUB誌 1983.3 No.57 より)


ここまで来ると、前・未来チックなデザインが、ちと苦笑を誘うが。
22年前かあ・・・。

最近は、こんな例も見かけない。
いや、マイナーな情報を探して紹介してくれる、熱心な雑誌がなくなっただけかな。



ombra 2005年 12月

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