’03 TDM900(南アフリカ仕様)


### はじめに

TDM900は2002年に発売されて、彼の地ヨーロッパでは、先代の850同様に高評価を得ているようだ。累計生産も10万台を超えているらしい。

所変わってこちらは日本、TDMの原産国である。言わなくてもわかるように、ほとんど見かけることは無い。春や秋にタケノコの如く現れるオートバイに混じって、日に1、2台見かけるのがやっとというくらいだ。

この差は何か。どうやら日本人の国民性に関係があるものと思われる。それは、免許制度や値付けに大きく依存しており、免許を取ったのだからできるだけデカイ(排気量の大きい)ものを買おう、さらにどうせ高い金を払うのだから、数十万足せば2倍の馬力が買えるのだからそっちにしよう、という類のものではなかろうか。

TDM900は、その名の通り900ccの排気量に86.2馬力と、数値上はどちらも中途半端と言わざるを得ない。その割に定価はほぼ100万円と、これも中途半端であろう。しかし、それは数値の上だけの話であり、実際にはツーリングライダーが欲するものであると、乗り始めて感ずるようになった。ツーリングには必要なものプラスアルファの方が実は高性能である場合が多い。そんなある意味ツウを唸らせるTDMについて思いっきりオーナーバカになって述べてみたいと思う。


### TDMの生立ち

さて、時は1996年4月。私は大学に在学していたわけだが、その場で恩師のこんな一言があった。「現在のものの状態を知るためには、その過去を知らねばならない」というものだ。そこでまず、現行TDM900発売に至った経緯を過去のTDM850に遡ることで紐解いてみようと思う。

ヨーロッパヤマハのサイト「2002:TDM900-the 3rd generation: background story」によると、1992年に発売されたTDM850は「どの2輪車の部類にも属さず、独自の分野を確立した」とある。さらに、製品企画者Hannes Fischer氏は「TDMの製品構想は、高山植物が生えた細い道をツーリングするような状況で、最高の楽しみが得られるバイクであった」と言っている。さらに、「そう、エンデューロバイクとロードバイクの中間を狙ったようなもの」と付け加えている。その答えがTDM850であったわけだが、別の資料では「パリダカのスーパーテネレのロード版を造りたかった」という発言も見かけたことがある。確かにエンジンは、テネレの750ccから発展しているし、どことなしかテネレの面影がある。
そういった経緯でこの世に誕生したTDM850、たちまちにヨーロッパでは人気車となったようで、「TDMは一台に何台ものバイクを内包している、スポーツバイク、ロングツアラー、力持ちのシティコミューター(街乗りバイク)」と言われていたそうだ。

1996年にはモデルチェンジが行われた。エンジンは360度クランクを改め、TRXに採用された270度クランクを採用、幾多に渡る車体の見直し、マスクも手直しされた。これにより、スタイルに敏感なイタリアで人気が上がったとはあまり知られていない事実だ。私も資料を読んで初めて知った。

その後、2002年にTDM850はTDM900に一新されるわけだが、「開発期間は長めに取られ、特にヨーロッパ市場を意識していた」とは、ヤマハヨーロッパのSven Ermstrang製品企画部長の弁。さらに同部長は、「感覚を大事にし、ライダーのための本当の価値を持つモデルチェンジ、つまり変化のための変化ではなかったのだ」と主張している。というのも、「TDM850シリーズはモデルチェンジしても基本的には同じバイクであり、一歩ずつの進化を遂げていた。その結果、10年経っても優れたバイクであり、900も同様にこの先10年も色あせないようにしたいからだ」と。

つまり、TDMはライダーがTDMだけに見出している価値を大切にして、育ってきたといえるのではないだろうか。


### TDM900の乗り味と各構成部品の関係

TDMには独自の世界がある。それはあまり知られていない、という事実はご存知と思う。中には、TDMはオフロードバイクと信じて疑わない方もおられる。そこで、ここではTDM900に関して、車体構成を軸として、その乗り味を検討してみることにしよう。

TDM900に乗車する。ライダーは直立姿勢を保つことができ、長時間乗っていても疲労は少ない。また高い目線の位置からの見通しも良い。低回転ではルルル、高回転ではドゥイーンという感覚で吹けあがり、開け始めのレスポンスは鋭いエンジン。ギア比はロング気味で、加速感は長く続く気持ちの良いものだ。極低回転以外では、トルクの太さ、立ち上がり方も大変すばらしく、よって速度の上昇も早い。0-400mならば9秒台を出せると思われる。これを制動するブレーキだが、握り込むにつれて確実に効力が立ち上がる。ともすると、甘いと思われる方がいらっしゃるだろうが、路面が常に変化する公道において、一般のライダーが乗る市販車では、こちらの方が性能が高いと言えるのではないだろうか。そして足回りであるが、バネはややソフトながら、減衰力は良く効いており、長いストロークを持つ。一般的なロードスポーツ車よりも30から50mm程は長いと言えよう。これを支えるフレームは非常に強固な印象で、ハンドルからはコツコツと高い剛性を感じさせる振動を受ける。これら足回り、フレーム、エンジンの特性を利用すれば、コーナリング時には基本的にリアステアで、リアタイヤの内向力を高めコーナーを曲がることができる。フロントタイヤが18インチであるので、ややアンダー傾向のラインを描く。思ったよりもわずかに膨らむ傾向があるので、その時は寝かし込み量を増やすことで対応していくことができる。また、前出の鋭いエンジンレスポンスを利用すれば、アクセルの開け閉めでラインを調整できるなんてことも楽しめる。さらにハーフカウルが良く、適度な防風性を発揮しつつも適度な風を感じさせる。やや防風性が不満な場合は、オプションのロングスクリーンを取り付けるとよいが、スタイルが著しく悪くなるので、お薦めはできない。

ところで、これらの乗り味、特性はいったいどうやって生み出されているのだろうか。

第1に、高い位置にくる視線であるが、これには長いストロークを持つフロントフォークと前出の18インチタイヤが大きく関係している。この結果、ステアリングステムが高い所に位置され、さらに高めのバーハンドルと相乗して、背筋を適度に伸ばした乗車姿勢が得られている。街乗りでも、ワインディングでもすこぶる視界が良い。また、これらにより、路面の荒れをうまく吸収すると同時に、ややタイヤが遠回りするような扱いやすい旋回特性を生み出す。さらに、リアサスペンションも基本的に同様の特性を持っており、長いスイングアームがリアタイヤの可動領域を大きくし、まろやかな乗り心地と旋回特性に貢献している。これらを支えるフレームは非常に高い剛性を持っており、足回りからの余計な情報をうまく吸収してくれる。この組み合わせによりライダーの疲労は軽減されるので、長距離を淡々と走りきることができるのだ。まさにツーリングバイクの真骨頂だろう。

第2にエンジンであるが、源流はパリダカレプリカのスーパーテネレ750にあり、TRXなどにも流用されたDOHC5バルブヘッド、92mmまで拡大された大径ピストンを採用している。270度の不等間隔爆発の「ドドッ、ドドッ」というパルスと共に、ライダーに鋭い加速を提供する。また、電子制御インジェクションの採用が、レスポンスの鋭さを助長している。ところで、5バルブヘッドのエンジンは高回転域よりも中速域を得意としていることをご存知だろうか。高回転域では4バルブとの差は小さいらしい。これについては、スーパーバイクが4気筒750ccの時代の8耐で、ヤマハワークスライダーが「中速域がパワフル過ぎてラインが外に膨らむ」と発言していたことがあるらしい。確かに5バルブはヤマハだけだったし、他社のマシンがピークパワーで劣っていたことが無いのは明からことだ。もともとは全域の吸入効率向上を狙って開発された5バルブヘッドだが、4バルブとの差がなくなった今ではレースよりも公道で価値がある技術であるようだ。というのも、中速域のトルクの太さは、常用速度域での加速感を司る。TDM900の強力な加速はここに起因するようだ。ところで、このエンジン、コーナリング自由度を増やしている半面、ツーリングバイクとしてはややスポーティ感が強すぎると思われる。もう少しレスポンスをダルにして、低回転域のトルクをやや太らせても良かったのではなかろうかと思われる。

第3にブレーキであるが、対向4ピストンの一体鋳造キャリパーに、
298mmディスクを組み合わせている。これにより、絶対性動力もコントロール性も申し分無い。このキャリパーは「モノブロック」と呼ばれている。そのフィーリングは剛よりも柔というものだ。ところで、ブレーキキャリパーは剛性が高いものほど良いと思われているようだが、それは違うと思う。現にブレーキ部品会社の雄、イタリアのブレンボ社製キャリパーはキャリパーをある程度広がることを前提に設計しており、コントロール性と効きのバランスを重視していると聞く。闇雲に効きだけを追求しているわけではないのだ。余談であるが、削り出しのレーシングタイプを用いているD社のバイクに乗る方を見かけるが、あれは街中ではいわゆるチューニングダウンではなかろうか。まず、このタイプのキャリパーはダストシールを持たない。走行毎に清掃するくらい頻繁なメンテナンスを求められる。次に、レーシングタイプはディスクの振れが格段に少なくないと引きずりを起こす。ピストンの戻りが少ないのだ。つまり、ディスクもレーシング用を使用しないと意味を成さない。さらに公道では、高すぎる剛性を有している。その分レバー入力に対する反応は良い。しかし、もしも砂が浮いている路面に出くわし、速度を落としたい場合どうなるだろうか。

第4にサスペンションとフレーム。フロントサスペンションは大径正立のテレスコピックフォークを採用しており、フレームはアルミツインスパー形状だ。一見するとスーパースポーツ車のものと見間違いそうだ。先述の通り、非常に剛性感は高い。このフレームとフロントフォークのバランスが実に妙である。つまり、長めのストロークを持つ、正立フォークのフロントサスペンション、同様の特性を持つリアサスペンションを高剛性のフレームで支えているのだ。これにより、路面の外乱をサスペンションがいなしつつも剛性の高いフレームがしっかりと踏ん張る。故に不安を催す入力をライダーには伝えない。つまり、足回りは柔、フレームは剛という組み合わせで、バランスをとっているのだ。ところで、ロードバイクは普通固めのサスペンションに高剛性のフレーム、もしくはどちらも中庸なものと統一が取れていることが多い。TDMはその点で違うし、前輪も通常の17インチではなく、18インチを採用している。この点から見れば、かなりの異端児であると言えよう。そして、この異端な組み合わせがコーナー特性に影響している。つまり、ソフトなフロントサスのピッチングが、コーナーつっこみ時のきっかけを得やすくしている。それは、制御特性に優れるブレーキでコントロール可能だ。また、TDMの前後重量配分はほぼ50:50で、ホイールベースはやや長い。これにより、リアステアのコーナリングが可能になる。ご存知の通り、リアステアのバイクはフロントステアのそれに旋回性では劣るが、乗りやすさと安心感、操り感では遥かに凌ぐ。これは疲労の軽減に影響してくる。

なるほど、「TDMは一台に何台ものバイクを内包している、スポーツバイク、ロングツアラー、力持ちのシティコミューター(街乗りバイク)」という評価を得ていた事実は、これらの車体構成からみれば至極当たり前なようだ。さらに、これらが複雑に絡み合っているところに、奥深さが隠されている。TDM900は真っ当なスポーツバイクからは操ることから由来する楽しさ、ロングツアラーからは淡々と長距離を走ることができる懐の深さ、街乗り時に有効な鋭い加速と高い機動性、TDMはこれらをどれも高いレベルで受け継いでいるということが判明した。


### TDMの装備

ここまではTDM900の走行要因、つまり「走る」、「曲がる」、「止まる」について考えてきたが、それら2次的に関係する装備についてみてみよう。

最初にステップ周辺に注目してみる。ステップも立派に「走る」、「曲がる」、「止まる」すべてに関係しているが、どの分野にどの事象が関係するか、分類が難しいので敢えてここで述べることとしよう。TDMのステップは、大きなステップホルダーがフレームに取り付けてあり、そこにステップがマウントされている。ステップ位置はやや高く、やや前方寄りだ。この位置は幾分スポーツライディングを意識しているように思う。仮に、これより下にあると考えてみよう。それにより、ツーリング途中に頻繁に現れる山のワインディング路の操作感が、いまひとつ良くないのではないだろうか。そう、スポーツ性も少し重要なのだ。それゆえ、少しスポーツを意識しているという点ではこれまた妙であるといえよう。

ところで、私はブレーキペダルとギアペダルからは足を離したないので、つま先をそれらに置いている。その時、例のホルダーをかかとで抱えるように押さえつけることができる。さらにつま先を完全にステップに乗せたとしても、そのステップホルダーには「かかと置き」がある。足を休めることができるし、車体ホールドもやりやすい。これまた疲労軽減のための憎い装備だ。ただ、ブレーキペダルの可動軸の位置が悪く、右足にペダルの後端が当たるのには残念だ。この軸がステップ軸と同じならなおよかったのにと思う。

次に積載性、要するに荷物をどれだけ載せられるかである。荷物を載せるには、まずストレッチコードで縛ることを考えないといけない。TDMには折りたたみ式のフックが左右に1箇所、固定式のフックが、先に記したでかいステップホルダーに左右1箇所、尾灯の際に左右1箇所、計6箇所に装備されている。私の場合、ナンバー標識固定ネジに2箇所を増設しているので、荷物の固定に関しては鬼に金棒と言えよう。欲を言えば、もう少し座面が広いと良かったと思う。ただ、シートのさらに後ろのリアカウル上にも荷台があるので、量的問題は起こらないと付け加えておこう。


### まとめ

長々とTDMについて多方面から考えてみると、このバイクは「スポーティ・ツーリングバイク」と言えよう。どこまでも走りたくなるようなマイルドな乗り味、高い積載性、時に高いスポーツ性を発揮する、実に頼もしい相棒だ。今まで、北海道、九州をはじめとしたキャンプツーリング、一日300〜500kmを走りきる日帰りツーリング、どれも楽しい思い出が多い。因みに、高速道路はほとんど使わない、というか使いたくない、それだけ山のワインディングのような地道を走ることを楽しむことができるバイクなのだ。

近年の二輪車の技術発展は目を見張るものがある。170kgほどの車体に170馬力なんて当たり前だし、1400ccの200馬力なんていう途方もないものまで登場してきた。しかし、ここで考えてみて欲しい。ハードである機械がいくら発達したところで、ソフトである人間がそれに追いついているだろうか。近年のハードに追いつこうと躍起になっていたら、趣味を楽しむという本来の目的を逸脱してしまうことは必至であろう。

最近、ツーリング途中でこのような出来事があった。某社の1000cc越え車がやってきた。ライダーは60歳近い方で、しきりと排気量がでかいこと、4輪で言えば、T社の王冠という車になると自慢されていた。どうやらリターンライダーで、最近免許を取得され、このバイクを購入されたようだ。ひとしきり話をして、出発された。おっと、立ちコケ寸前で、ヨロヨロと去っていかれた。あの初老の方は果たしてこの先、何年あのバイクに乗るのであろう。心底バイクそのものを楽しむことができるのであろうか。そんな疑問が頭をよぎった。別に私が金を出しているわけでもないし、私が乗っているわけでもないので余計なお世話だが、皆さんはどうお考えだろうか。

何か最近のバイクは楽しめないなぁ、と思われる方。TDM900ならきっと一筋の光明を見出すことができるはずだ。バイクそのものを、乗ることそのものを楽しむ、結果目的地が無限大に広がる、そんなバイクライフを送るならTDMは正しく良い相棒になることうけあいだ。

ツーリングにて。



Flying Note  2008年 1月

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