BMW Flat Twin


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 当時の広告より


R100RSの違和感は忘れ難い。

重心が強烈に低い。ロールの中心も低く、足元のあたりに水平にある感じだ。しかし、人間が座る位置は高い。シートは高く(曰く、膝の曲がりを少なくラクに乗れるよう)、そこからほぼ水平にステアリングヘッドがある。つまり、バイクのロールの中心と、人間のコントロールライン(シート〜ステアリングヘッド)が、平行して離れた位置にある。

トラクションのマナーがよくない。シャフトドライブの収まりが悪く、アクセルをオンオフすると、まずリアサスがバタバタと動き、その次にやっと、車体にトラクションが伝わる。トラクションがワンテンポ遅れるので、アクセルで車体のバランスを整えるのが、ひどく面倒に感じる。

重心が低いので、荷重の前後移動量は少ない。RSともなると、巨大なカウルが前輪にのしかかり、重量配分はスタティックな設定が支配的だ。ピッチングが少ないので、ジェントルといえばそうなのだが、荷重コントロールがしにくく、走りにメリハリを欠く。

フレームが強くない。前述のように、バイクと人間が離れている感覚があるのだが、そのバイクと人間を結ぶフレームが、ちと頼りない。そんな感じなのに、巡航速度はかなり出る。だから走っている間中、何となく、うっすらとした恐怖感が抜けない。尻の据わりがよくない、と言うか、居心地が悪い。

でかいカウルに潜り込み、漫然と乗っている分には、バイクの性能なりに走ることはできる。しかし、積極的に、操るために何かをしよう、というライダーの意志のほとんどを、こいつは拒絶してしまう。逆に、不平なくブチ回るエンジンに代表されるように、バイクがライダーに与える緊張感・威圧感は、車格、車重を考えると、大変に低い部類だと思う。

整備性も良く、悪天候に対する適応性も悪くなかった。雨の日、スライドしながらスイスイと走り抜ける「フラット使い」が、昔は居たものだった。(こちらはノンカウルを好んでいたようだ。)

思うにこれは、「オレは南の方にウマイものを食いに、ひとっ走りしたいだけだ、そのために余計な仕事はしたくない。エンジンなんかは四の五の言わずに股の下の方で必要十分なだけブチ回っていればよろしい」といった感覚の、寒い地方の大男のための、道具だったと思う。

機能は十分なんだから、官能を求めてはいけない。
そう言われているような気がした。


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80年代。
以前は道具としては斬新だったフラットも、娯楽としては古くさく、バイクはロードで、会社は販売で、日本勢にまくられるハメになっていた。

さて、栄光のフラットツインは、衰退の一途か。

違った。

天使は、意外な所からやってきた。
GSである。


当時の広告より
あのバイクで、ベタ足着きやがんだよねゲルマン女は全く。



パリダカやら何やらで、開発・熟成にずいぶん時間のかかったGSだが、(いつもかBMWは)80年代終盤にはかなり仕上がっていた。

大径のタイヤをかまし、サスのストロークを延ばす。
フレームごとエンジンをガーンと上に上げてしまう。
重心が上がり、走りにメリハリが出る。

リアのスイングアームにはリンクをかまし(パラレバー)、不必要なバタバタ挙動を抑える。トラクションレスポンスが向上し、コントロール性が格段に良くなった。

見た目は巨大な車体だが、またがってしまえば、相変わらずエンジンは足元にうずくまる感じで、重さを不安に感じることは少ない。走り出してしまえば、あまりに従順、だれもすぐに安心できる。

高速クルーズは、もともとお手のものだ。きっちりしたカウルがついているモデルもある。

峠でも我慢しなくていい。ポジションも楽で見晴しもいい。思い通りにガンガン走れる。

積載性も十分。悪路も厭わない。
もう、どこまででも走れる。
真のツーリングバイクだ。
だから、世界中が支持した。
良く売れたように思う。

しかし。
悪魔も一緒にやって来た。

「二台目以降も、BMWを選んでもらえるようにしたい。」
買い換え重視型の戦略に明確に舵を切ったBMWの、仕事の成果が出始めていた。

耐久性が無いのである。
なんて言うと信者に怒られるな。正確に言おう。

BMWは、それまで日本車に対して持っていた、耐久性に関する圧倒的な優位を、この時期に失ったように思う。

日本車の方が、耐久性を上げて来たこともある。
しかし、80年代終盤のBMWは、車体周りが(も?)弱いように思う。

だいたい、ろくな中古が無い。
OHVフラットGSの販売時期は、日本ではバブル期に当たる。数は出ていたはずだ。それなのに、中古はみんなヤレヤレだ。GSに乗る人は、大事に大切に扱うより、乗り倒す方が多かっただろうことは想像がつく。しかし、みんながみんな、そうなのか?。それとも、真のGS好きは皆、大事に隠し持っているのか?。

OHVのGSが走っている姿は、最近はもう、まるで見ない。
RSは、まだあんなに走っているのに。

話が少しずれるが、同時代の機体で、K100RS(走行距離は数万km程度)にじっくり触れる機会があった。これが、本当にガタガタだった。シゴかれ方でも違ってくるとは思うのだが、BMWは10万kmくらいラクに走れるもんだというのが、ただのイメージに過ぎないことを思い知らされた。

この当時のフラットにも、あれと同じ匂いがする。

出物は海外へ流されているのかもしれない。買い換え促進のためには、中古相場;下取価格を高く保った方が良い。ヤレた機体は相場を下げる邪魔者である。人民の目に触れないように、市場の外へ排斥するが吉だ。

まあいずれにしても、BMWの戦略の賜物である。


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その後、BMWは、フラットツインを一新した。
クランク軽く、インジェクションで、シャンシャン回る、あれである。


 例えばこんなやつ(手持ちの模型を撮影)


新型だぞ。タイヤも当然、最新だ。バンク角は強烈に深くできる。しかしフラットツインだと、どうしてもエンジン位置が上がる。重心が上がるので、従来の、ピッチングが少ない「ジェントルな」乗り味が出せない。

そこでテレレバーだ。高い位置に水平に部材をかまし、エンジン重量の慣性を受け止めることで、ピッチングを抑えてしまう。おかげさまで、加減速時に動こうとする重心の勢いを、姿勢制御にほとんど使えない。タイヤに面圧として「のしかかる」だけで終わってしまう。タイヤ様様という感じだ。

コーナでも、高い重心という、物理的な素性は隠せない。例えばS字コーナーで、一発めのアプローチはいいのだが、二発目以降に切り返すのが重い。重量物の位置が高いから、切り返し時の荷重の移動距離が長いのだ。低い重心で楽チンに決められたOHVフラットに比べ、コーナーでの緊張感は、かなり高まったように思う。

高出力エンジンに高荷重ラジアル、直線ぶっ飛ばすのは簡単だ。
しかし、その後のコーナー入った奥の所で、イマイチ決まらない。

これで「スポーツ」といわれても。
オジさん達が乗るには、ちと荷が重いように思う。
立ちゴケも多いと聞く。

余談だが、実は私は、ニューフラットは水冷だ、と長い間、思い込んでいた。

BMWは、Kシリーズを始める時、空冷のエンジンはエミッションで生き残れない、これからは水冷のちゃんとしたエンジンじゃないとだめだ、だからフラットをやめてKにするんだ、と言い切っていた。その後、めめしくOHVフラットをリファインしつつ売り続けていたが、きっぱり作り替えた新型だ、そりゃ水冷でしょう、と思っていたのだ。ディーラーで「ラジエターはどこ?」と店員に訊いて、やっと間違いがわかったのだった。

その時々の営業戦略を、技術っぽい、もっともらしい御託で装飾するのは、BMWの悪しき伝統である。


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日曜日の、朝10時。上りの海老名PA。
R100RSの傍らに立つは、初老のライダーである。

バイクは、美しく維持されている。

きれいですね、と話しかけると、
「おう、いいだろう。」
軽く受け答えてくれる。気持ちのいいおじさんだ。

「何乗ってるんだい?。ああグッチかあ。グッチは乗りにくくてなあ。」
はは、すいません。てオレが謝ることないか。

「なあ、この時間にここってことは、箱根、走って来たんだろう?。よかったろう!。いいよなあ、箱根はこの季節が最高だなあ。」

しばらく、ムダ話をする。
バイクの話題はほとんど出ない。
景色、季節・・・そんな、コース絡みの話ばかりだ。

そのうちに、私はすっかり説得されてしまった。
本当に、走ることが好きな人なのである。
そういう人が、このお歳で、バイクに乗ろうと思った時、確かに旧OHVフラットは、いい選択肢だ。

「それじゃあ先に出るからよ。」
ひとしきりの会話の後、走り出す大先輩を見送る。
「気をつけて帰れよ。じゃあな!。」

本戦に合流する後姿、それは、きれいなリーンウィズ。
力みも、無駄も、全くない。バイクを信頼できている証拠だ。

何も、しゃにむに走りまくるだけが、バイクの楽しみじゃない。
バイクで、景色を、開放感を、嗜みに行こう。
そう思えた時。

肩の力を抜いて、この頑固なOHVを許した時。
彼も、こちらを許したように、突然、優しい表情を見せ始める。

彼は、どこまでも、淡々と、私を運んでくれようとするだろう。

そういう意味で、旧OHVは優れていた。
それだけは文句なく、優れたバイクだった。


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私は、ニューフラットを始め、現行のBMWラインナップのほとんどは、旧OVHフラットが持っていた、この感覚を失ってしまったように感じている。

新しいBMWラインナップの方が高性能であることは確かだ。
しかし、気に入って、またはこだわって、じっくり乗り込まれているBMWというのは、OHVフラットの方が、依然として圧倒的に多いような気がしている。

技術の進歩は間違いない。
また、BMWは、新しい技術を提供するにあたって熟慮することは、日本のメーカーの比ではない。

これが良いことなのかどうかは、各人が判断されればいいのだと思う。

しかし、もし、あなたも、これが良くないことだと思われるなら。
一体何が、悪かったんだと思いますか。



ombra 2005年 12月

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