今までに乗ったMOTO GUZZI

Le Mans 1000 について

###



私が初めに買ったGUZZI 。唯一の新車だ。
買ったのは91年だが、製造年式は89年だった。木箱で二年、寝ていたらしい。オーナーズマニュアルは、雨に濡れてヨレヨレ、カビまで生えていた。輸入元の管理の素晴らしさを伺わせる。

近所の外車屋さんで買ったのだが、GUZZI の経験はあまりなかったらしい。新車でいきなり、クランクのオイルシールが漏れて、修理に半年かかった。部品がなかった、とのことだったが、これも、輸入元の管理の甘さが原因だ。というのは、後でわかったのだが、その時、欠品だったパーツは、国内にも、ある所にはあったからである。

まだある。この故障の原因は、当初、木箱で二年寝ていたことによる固着、と説明された。しかし、真の原因は、実は全く別のところにあった。これが明らかになるまで、さらに数年を要するのだが、それがこの時に見つけられなかったのは、この時のメカニックの仕事が、全くいい加減だったからだ。


###

当時の私は、ただの外車ビギナーである。
半年の修理を待って後、喜んで乗っていた。

ヨレヨレのオーナーズマニュアルも、新車でいきなりブチ壊れてエンジン下ろしたのも、そんなもんだ、と思って乗っていた。

初めの印象は、交差点も曲がり易い、ユルいバイクだった。
高速でも、スッ飛んでるクルマなんかには、全然かなわなかった。

新車でも、整備不良なら調子は出ない。当時はそんなこと、知る由もない。こんなもんか、と思って乗っていた。

買った店では、GUZZI は少数派だった。次第に、整備もあまりいい顔をされなくなった。ぼちぼち専門店に出してみよう、そう思い始め、数店をぶらぶら当たってみた。何回目かの車検の時、一番感触が良かった店に、整備をお願いしてみた。

「一度、エンジンを下ろしましたね?」
ぎく。いきなりバレてるし。(笑)
エンジンをマウントするボルトの向きが逆だった、そうである。

「エンジンオイルの質があまり良くありませんね。」
この世代のGUZZI は、フィルターを外すには、オイルパンごと外さねばならない。ついでに、丸見えになったクランクケース内の様子を逐一チェックできるのである。クランクケース内が汚い、オイルが古いとか乗り方とかの問題ではなくて、オイルの質自体が悪い、という指摘だった。ちなみに、オイルは買った正規代理店で入れてくれていた、そのものだ。

「あちこちボルトが緩んでいたので、キッチリ締め直しておきましたよ!」
へええ、そうですか。ありがとう、乗ってみます。

その帰りの道すがら。

驚いた。
ああもう、本当に驚いた。

バイクが一回り小さくなった。
本当に、そう感じたのである。

そして、操作の手応え、車体の挙動のいちいちが、カッチリとした手応えに豹変した。

本当に、その変わりぶりは、今でも忘れられない。

交差点なんか、もう、ゆるゆる曲がってくれたりしない。
高速でも、どこまでもブッ飛んで行きたがる。
スッ飛ばしてるクルマをラクにブチ抜いて、さらにまだ伸びようとする。
そんな超高速域からも、コーナーにバーンと前から突っ込んで行ける。
クルージングも良い。ぐーんと車速を増しながら、どこまでも走って行ける。
アクセレーションも素晴らしい。エンジン内部の燃焼の粒を、右手と尻に感じるようだ。

車体のあちこちが動作する、その相が、ダイナミックに伝わって来る。

とんでもない高速セッティング。
それでいて、この走りのリアリティ。

すごい。
こんなバイクだったのか。

それからは、ツーリングの距離も延びた。
そして乗るにつれ、本当の姿が見えて来た。

車体の設定速度と、巡航速度と、最高速が同じだあー。乗りきれんぞー。(笑)
ラクで楽しくて速い。こんなにいいバイクはないぞー。(笑笑)

ちょっと飛ばし過ぎて、怖い思いやイヤな思いをする時もある。しかし、乗っている実感と喜びが常にある。一日乗って疲れた後でも、ああまた乗りたい、明日も乗りたい、そう思える、希有なキャラクターのバイクだった。

そんな「本当の姿」がわかるようになり、振り返ってみると、もう何年も経っていた。

ずいぶん回り道を強いられていたように感じた。


###

しかし、トラブルは、これからが本番だった。

Fフォークのダンパー抜け、修理は結構します。これが2回。
シリンダーのプッシュロッドトンネルのバリ、値段は大したことなかったが、冷や汗ものだ。

他にもちょろちょろ。「めったにない修理ですね。」
どうも「ハズレ」の個体だったらしい。新車で買ったのになあ。

まだだ。とどめがあった。

例の、クランクのオイルシールが再発したのだ。
開けてみて驚いた。

クランクに、傷があった。



写真ではクラックに見えるが、実物は、鍛造時のスが、切削時に表面に出たような感じだ。致命的な損傷ではないのだが(だから今まで走れていた)、これがオイルシールを傷つけていたのだ。

見ればすぐわかる傷である。あの初めの修理で、何故、わからなかったのか。
半年もの間、バラされたまま、メカニックの目前に吊るされていたのに!。

しかし、新車購入から随分経っている。店も替えてしまった。保証は無いだろう。
(そんな長期保証は、もともと無かっただろうが。)
そのまま走れないこともなかったのだが、結局、私はクランクを自腹を切って交換した。

クランクは、GUZZI では頑丈!と一番「誉れ高い」パーツである。それをトラブルで交換したのは、私くらいではなかろうか。

GUZZI の部品管理と、組付けのいい加減さ。
輸入元の製品管理と、正規代理店のメカニックの仕事のいい加減さ。

イタリア人も、ニッポン人も、同罪だ。


###

しかしそれでも、私はルマン1000に乗っている。
矛盾しているように思われるだろう。

私が感じていたことを、整理してみる。

私が評価していたのは、設計の素晴らしさである。
エンジンはこう、セッティングはこう、フレームはこうでアライメントはこう。
それは、設計者が持っていた、明確な思想と意図の現れであり、他に類を見ない、素晴らしい感触をもたらしてくれていた。

逆に、私を苦しめていたのは、製造とサポートのお粗末さであった。組み立て工場での部品の管理や組付け仕事の甘さと、納車前の機体の保管や部品の在庫、基本整備さえろくにできない、輸入元や代理店の対応の甘さである。

私がしていたのは、悪い方の尻を拭い、良い方を際立させること、そして、それが自力(自費)で可能なのかを、模索するプロセスだった。

 ごっついクランクでしょ。私の宝物。


###

バイクとの出会いは、本質的に、縁ものだと思う。
手持ちがあって、欲しいと思っているその時に、買えるものに出会えるか?。
踏ん切ってしまえるか?。
所有してみて、気に入るかどうか?。
ほとんど確率論なのだ。

MOTO GUZZI なんてマイナーなバイク、素通りしていてもおかしくなかった。それが今、この変わり者の手元にあって、それなりに評価されている。

何度も「他」を探してみた。
が、これ以上に良くできた「公道バイク」は、見当たらなかった。

そういう車体に新車で触れ、今に至るまで、どうにか、乗っていられている。
随分と希有なことだ、と感じている。

私は、このルマン1000との縁を、大切にしたいと思うのだ。



###

言っておきたいのだが、もし皆さんが、ルマン1000に手を出しても、私ほどの苦労はないと思う。これほど「濃い」修理は初めてです、というセリフを何度も聞いた。私の個体が「ハズレ過ぎ」なのである。

ルマン1000の中古相場は(不当に!)安い。私のよりも程度の良い個体が、たくさん市場に出ている。たまに、腹立ちまぎれに、買ってやろうかと思う程だ。(苦笑)興味のある方は、一度購入されて、じっくり乗ってみることをお勧めしたい。

デザインだって、悪くないんですよ。
こいつはね、人間がまたがって初めて、しっくり来るデザインなんです。
だから、ウインドウに写った自分にうっとりすることだって・・。
(その前にダイエット・・)

ルマン1000 ルマン1000 ルマン1000

これだけ宣伝しておけば、人気出るかな。(下取りも・・?。)
あ、いえ、風説の流布をするつもりはありませんよ。
少ししか。(笑)



ombra 2005年 12月

→ サイトのTOPに戻る


© 2005 Public Road Motorcycle Laboratory