大好きよ。大好きよ。大好きよ。

 あなたはあたしの命の恩人よ。

 あなたが救ってくれなかったら、あたしはここにいなかった。
今、あなたに抱かれて幸せでいられるのは、すべてあなたのお陰だわ。

 好きよ。愛してるわ。

 だから、今度はあたしがあなたを守ってあげる──。

 あんなガキンチョなんかにあなたを絶対渡すものですかっ!


薔薇姫の吐息



 今までたくさんの男たちがあたしを弄んできたわ。

 根性なしの男たちは、夕暮れになるとあたしを頻繁に外に連れ出して、本命の女たちの気を惹いたものよ。

 自分で言うのもなんだけど、あたしはこの通り見てくれがいいし、そこらの女じゃ太刀打ちできないくらい上物だもの。
誰もが一度はあたしを欲しがって、あたしの身体に触ろうとしたわ。

 でも、男たちの真の心は決まってあたしの上にはないの。

 わかるのよ。悔しいけれど、あたしは本気の恋愛相手にはむいてない女みたい。
だからって、当て馬に利用されるなんて、そんなのあたしのプライドが許さない。
上等すぎるのも考えものなの。

 男なんて、征服力がみなぎってる生き物だから、愛を求めても仕方ないと、これまでは諦めてきたわ。
でも、今はあなたがいるもの。

 振り返ると今まで本当にいろんなことがあった……。
お金であたしを我が物にしては、ニヤけた顔で頬ずりしてきて、あたしが嫌がっても抱き締めてきて絶対逃がしてくれないの。
そんな男たちに翻弄されて、あたしのこれまで人生は散々だった。

 大事にしてくれた人もいたけれど、そんな男はごくわずか。

 あたしをほかの男に盗られやしないかっていつもビクビクして。
真っ暗な部屋に何年も閉じ込めて、誰にも会わなせないようにあたしを監禁したヤツだっていた。

 それほどあたしは綺麗で貴重な女なの。
だからプライドだって一級品。誰にも負けやしないのよ。

 あたしの価値なんて、あたしが一番よく知ってるもの。
そこらの男があたしに触っていいわけないのよ、本当はね。

 でも、いつだって女は男に振り回される運命だから……。

 あたしを売ったお金で別の女に貢ぐ男。
あたしの身体に一度も触れずに、ただの見世物にした男。
ほかの男たちにあたしの自由は自分の手の内にあるのだと鼻高々に自慢して、そのくせあたしの価値を本当の意味で知らなかった男。

 あたしが今までどれだけ男に苦労してきたか、あなたにわかってもらえるかしら?

 男なんてこの世にこれだけ腐るほどいるのに、ホント馬鹿が多くて困るわ。

 あら、あなたは違うわよ。あなたはト・ク・ベ・ツ。
何たって、あなたは私の命の恩人だもの。
今一番、あたしが愛している人よ。

 何年か前にね、東洋人があたしを見初めて、身請けしてくれたの。
それなりにあたし好みのいい男だったのだけれど、実はその男、あたしを自分の息子にあてがうつもりで買ってくれたみたいなのよね。

 それで、その息子ってのが、将来有望な、デキの良さでは評判の息子で。
付け加えるなら、顔の作りもまあまあだったわ。
あたしの横に並んでも許せる範囲くらいには、結構、見られる顔だったのよ。
だから、こんなことを言うのは恥ずかしいんだけど、実はあたし、最初はそのガキンチョにちょっとその気になりかけたの。

 ごめんなさいね。でも、今はそんな気はさらさらないから安心してちょうだい。

 あたしのことは大丈夫よ。
こう見えても、あたしは心に決めた人一筋なのよ。
ふらふらなんてしないから、信じていいわ。
ただ、あなたの知り合いだってことが気になるの。

 あたしが心配なのは、あなたのこと。
実はあたし、知ってるの。あのガキンチョはずっとあなたの隙を狙ってるのよ。
だから、お願い。あなた、気をつけて。

 あのガキンチョね、昔はあんなんじゃなかったの。
もっと優しい人だった。

 だって、あたしに名前をくれたのよ。

 たくさんの男たちがね、今までもあたしのこと、いろんな名前で呼んだのよ。
好き勝手にあたしのこと呼ぶものだから、ついにはあたしも諦めて、勝手に呼ばせてあげてたのだけど。

 今はね、あたし、薔薇姫って呼ばれてるの。
ふふふ、そういうふうに呼ばれるのは嫌いじゃないわ。

 あのガキンチョが、「薔薇姫って呼ぶよ」って囁いた時、案外いい趣味してるのねって、もう少し大きくなったらお姉さんが相手してあげるわって将来が本当に楽しみだったのに……。

 なのに、あのかわいかったガキンチョが、まさか人殺しになるなんて!

 このあたしを殺すなんて、冗談じゃないわよ!
長いこと生きてきたけれど、そこまで酷い目にあったことなんてあたしはないのよ?

 だって、これでもあたしは箱入り娘なの。
まわりがそんなこと許すはずがないのよ。

 誰もがあたしを求めて、愛して、欲しがって。

 なのに、あのガキンチョは少し背が伸びたと思ったら、クソ生意気になっちゃって。
ホント、よくも恩を仇で売るようなことしてくれたもんだわ。

 こうなったらあいつの弱みをバラしちゃおうかしら。
昔はよく、あたしだけに内緒の話をしてくれたのよ。
そうね、あなたにだったら明かしてもいいかもしれない。

 はぁ……、時は残酷よねえ。あんなにかわいい時期もあったのに。
なのに、あたしを殺すなんて……!
そんな恐ろしいこと口にするようになっちゃうなんて、あの子に何があったのかしら。

 それにしても、あの時、あなたが止めてくれなかったら、今頃あたしはどうなっていたか……。

 感謝しているわ。あなただけよ。
あたしの無事を祈ってくれて、あたしのためにあたしを抱き締めてくれたのは、あなたひとりだけだった。

 あのガキンチョは憎らしいけど、あなたとの出会いを与えてくれたのだとしたら、許せないこともないわ……。
でも、恨みは一生残るわね、きっと。
だって、それは当然でしょ? 女を傷物にしようとした罪は重いのよ。
未遂で終ったとしても、あたしの心の傷はいつまでも治らない。ずっと血を流し続けるわ。

 ああ、心配しないで。大丈夫。
こうしてあなたに抱かれて、あなたがあたしの身体をその優しい指でたどってくれてる間は気持ちよすぎて、何もかも忘れられるから。
恨みつらみも何もかも、まっ白な世界の中ですべて消えてゆくの。
すごく幸せよ。この幸せをいつまでも手放したくないわ。

 だから、お願い。いつもあたしを抱いていて。
あたしはあなたにいつだって抱いてほしい。
あたし以外の女なんて、お願いよ、触らないで。
あたしだけにして。あたしをあなたのただひとりにしてほしいの。

 ほかの女の気を惹くための道具として利用されるなんて、本当はずっと屈辱だった。
だって、誰も本当のあたしを見てくれない。愛してくれない。
あたしの外見を気に入ってくれたとしても、そんなのは本当の愛なんかじゃない。

 あたしが上等すぎたのがいけなかったのかもしれないけれど、あたしを大事にするあまり、あたしの心を無視する男が多かったのも事実だから。
だから、あなたにはそうならないでほしいの。

 お願いよ、あたしをもっと愛して。

 あのガキンチョからあたしを守って。

 もう二度と、狭くて暗い部屋に閉じ込めないで。

 そっとあたしを抱き締めて、あたしの身体を存分に鳴らして。

 そうしてふたりで一緒にひとつになって、恍惚の世界に旅立ちましょう。
みんなに祝福されながら、あたしとあなたの幸せを認めてもらうのよ。

 さあ、今日もあたしを抱いてくれるんでしょ?
それならさっそくいつもの場所に行きましょうよ。

 ありがとう。やっぱりあなたはあたしの一番の人だわ。

 そうよ、ここよここ。
あなたとあたしの逢瀬はいつも緑に囲まれたこの場所だったわね。

 あら、今日はあのガキンチョもいるの?
嫌だわ、あたしはあなたとふたりっきりになりたかったのに。あんなヤツ、邪魔よ邪魔!
昔、少しでも心が動いたのが間違いだったのよ。

 やっぱり、あたしにはあなただけだわ。
お願いよ、あんなやつ、コテンパンにのしちゃってちょうだい。

 あっ、気をつけて、あなた。
あのガキンチョ、目がホンキだわ。あなたが危ないわ。
逃げて、逃げて!

 いい加減にしてよ! あたしの大事な人に何すんのよっ!!!
こら、離れなさい! あんたごときがこの人を踏みにじるなんて、身の程知らずとはこのことだわよ!

 お願い、あなた! 逃げて。抵抗して!

 ちょ、ちょっと、あんた何してるのよ! あたしの大事な人に抱きつかないでったらっ!
離れなさいっ。あー、キスとかしちゃって! あたしだってまだだったのにぃ!!!

 げっ、あんのクソガキ、よくもやったわね! あたしに制服投げつけるんじゃないわよ!
これじゃあ、あの人が見えないじゃないの!

 こら! この制服退かしなさい。
何してるのよ! そこのふたりっ! その怪しい音は何よ!

 クソガキ! あたしの大事な人は大丈夫なんでしょうねえ!?

 あの人に乱暴なんかしたら、このあたしが黙っちゃいないんだからっ!

 何たって、これでもあたしは天下のストラディバリウスなんだからねーっっ!!!!!

                                                         おしまい


material * NOION



*** あとがき ***

最後までのお付き合い、ありがとうございました。
「薔薇姫の吐息」はいかがでしたでしょうか?

今回は、「てへ♪」っと逃げたくなるお話でございます(笑)。
「タクミくん大好きなストラディバリウスの彼女がしゃべれるとしたらどうなるか」をテーマに、
完全な擬人化を目標にして書いてみました。

みなさんもお察しの通り、ガキンチョとはギイのことです(笑)。
二年生の七月、ギイがバイオリンを託生に渡す場面で、受け取らないなら壊すと脅す場面がありますが、
バイオリン側にしてみれば、殺されるところを託生に救ってもらったわけで、そこで愛が芽生える……、
そういう設定にしてみました。

すっごく軽い話になってしまって、
ははは、これはもう笑って誤魔化しちゃおうかな(笑)。

でも、書いててとても楽しかった〜。
こんなふうにおちゃらけに書くのも私、好きなんです♪

あ、そうそう、薔薇姫の呼び名は勝手に作ったものですのであしからず。

by moro



moro*on presents


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なお、ルビー文庫「タクミくん」シリーズはごとうしのぶ先生の作品です。著作権などは角川書店様にあります。
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