凪いだ水面に一投石。

 そこに生まれた同心円状に波紋の中心に、ひとり佇む。

 意識して作った円と無意識に作ってしまった円。
自分の周りにはたくさんの円が描かれ、隔たりとなって拡がっている。

「高嶺の花」とはよく言ったもので、誰も手が届かない場所に、三洲新は在(あ)った──。


Milk crown



「く、暗闇でキスされたぁ〜っ?!」

 唾を飛ばすのもお構いなしに、真行寺兼満は三洲新に詰め寄った。

 折りしも誰もいない生徒会室で、あわよくば三洲と甘い濃厚な時間を過ごせたりして──などど考えていたところに、愛しの恋人の口から聞かされた不意打ちの爆弾発言。

 驚愕と焦燥、嫉妬と憤怒。
真行寺は思わず拳を作ると、そこで初めて自分の手のひらがしっとりと湿っていることに気がついた。

 冷や汗である。

 緊張が全身を取り巻き、今にも震えだそうなほどに血の気が引くのを感じる。

「顔っ、見なかったんですかっ、顔っ!」
「暗闇で、と言っただろう。見れるか、そんなもの、梟(ふくろう)じゃあるまいし」

 何度も言わせるな、と真行寺だけに見せる不機嫌そうな表情は、余りにもいつもの三洲のそれで。
それがまたいつもと変わらなすぎて、余計に真行寺の不安を誘った。

 誰かに不意打ちのキスをされても平然としているその余裕すらある表情。
つまりはこの程度のことなど、三洲にとっては大したことではないことを物語っている。

「だって、キスですよ? どうしてそんなふうに動じないでいられるんスかぁ〜」
「たかが、キスだろう」

 三洲にしてみれば、安易な接触で片付けるところであるが、たまには真行寺とコミュニケーションでも育もうかとわざわざ出してきた話題でしかない。

 しかし、三洲の目の前の年下の恋人にとっては全く持って理不尽な問題でしかなく──。

「たかが、ですって?」

 だが、三洲はそんな真行寺の心情などお構いなしに、
「そんなキスのひとつやふたつ、したところで減るモンでもあるまいし」
第二の爆弾発言を投げつけるのだった。

「ひとつやふたつって、アラタさん。まさか、二度もされたんですか……?」
「不可抗力だ」

 そんなぁ、と力が抜けるような声を弱々しく吐き出しながら、真行寺は目尻に涙を溜めた。

「くっそ」

 唇を噛んで床を力いっぱい踏み締めると、愛しいアラタさんに触れる者など許さないとばかりにキッと虚空を睨みつけ、
「アラタさん、そいつ、またアラタさんとこに来るかもしれませんよね?」
迫力満点の強面顔で三洲に迫ると、
「さあな。ま、俺にその気がない限り二度目はないだろうよ」
三洲は肩を竦めて、「いい加減、付き合ってられん」の仕草を返す。

「二度目って……。だってもう二度されちゃったんでしょう?」
「ああ、そうか。なら三度目になるな」

 あっけらかんと、こうも愛しい恋人に何事もなかったような風情をされては言葉も無く、ますます真行寺は力が抜けていくような気がした。

 それでも、「このままにしては置けない」と小さく呟いた真行寺は、気迫を込めるために背筋を伸ばして三洲の正面に立つと、
「アラタさんが駄目だって言っても、俺、今から当分あなたに引っ付かせてもらいますっ。」
食い入るように三洲の顔を凝視ながら断言した。

「どこの馬の骨ともわからない奴にこれ以上アラタさんのそばをウロチョロされるなんて冗談じゃない。
このまま指をくわえて黙って見てるなんてできないっス。
絶対、俺、そばを離れませんから。だから、アラタさんもどうか自己防衛してください。
俺のためにもお願いしますっ」

 腕組をしてわざと思案するような素振りをしつつも、頭を下げる真行寺のつむじに目を落とした三洲は口元をふっと緩ませて、
「オマエのためにねぇ」
その顔に悪戯をしかける子どものような笑みを浮かべたのだが、それはすべて頭上でのこと、さすがに真行寺は見逃した。

 だが、その含み笑いの声に何かを汲み取った真行寺が頭を上げて、
「何か文句あるんスか?」
幾分、眉間に皺を寄せて、睨むように見返すと、
「いや。ま、せいぜい気をつけるさ」
そう言って、三洲はその細い指の背ですうっと真行寺の頬を撫でて来るものだから、三洲の真意は計り知れない。

 しかしそこは三洲一途な真行寺である。
天邪鬼な恋人の心中を計るどころか、この不意の愛撫にうろたえると、強張らせていた顔を別の意味での緊張にますます引きつらせてしまうのだった。

 思わず身を引きそうになるほど、いつもとは違う嬉しい誤算。

 このひとときの幸せが脳髄に染みてゆくごとに、真行寺の眉間の皺がゆっくりと消えてゆく。
そして、自分を妖しく見つめ返す三洲の冷たい指が触れたところからじわじわと湧き出てくるその熱に逆上(のぼ)せそうになる。

「アラタさん?」

 恋人の甘い仕草にドギマギしながら、
「あの、そいつが触れたとこ、消毒してもいいっスか……?」
弾かれたように思い切って申し出てみると、
「まるで病原菌扱いだな」
三洲は呆れたように、ひとつ大きな息を吐いた。

「当然っス」

 噴気を込めて鼻息荒く頷く真行寺に、
「なら、比べてみるか」
などと、再び不穏な空気を振りまくような発言を軽く吐くところが三洲だと言えよう。

「アラタさんってホント、オニ悪魔……」

 その呟きが、
「俺が何だって?」
三洲に聞こえなかったはずなどないのに、
「いえ、空耳ですって」
真行寺も慣れたもので、今ではこの掴み所の無い恋人の扱いも堂に入ったものだ。

 だが、調子にのって軽はずみな一言を漏らすところはいかにも真行寺で……。

「アラタさん、きっとお疲れなんですよ。やっぱりトシには勝てませんって」

 哀れ、真行寺兼満に与えられたのは甘い口付けなどではなく、腹部に食い込む鉄拳だった。

「おまえとはひとつしか違わんわっ!」

『今年度予算(案)』と記されたコピー用紙が机から滑り落ち、ひらりと床に舞い落ちる。

 夕日の赤い光が窓から差し込む中、生徒会室の床には、蹲(うずくま)る影とそれを見下ろす影がふたつ。

 そして、この日、ふたつの影はついに重なることはなかった──。





 その翌日から、授業の合間の休み時間は三年の教室の入り口またはその廊下で、放課後は生徒会室などでと、三洲の周辺で真行寺の神妙な顔がちらほら見かけられるようになった。

 今年度の生徒会予算案を作成するまで、三洲はいつにも増して多忙の日々だ。

 一時は運動部、文化部の部長たちは何かと生徒会室に通い詰め、少しでも多くの活動費を割り当ててもらえるよう所属する部をアピールしに来たものだが、それも今では鳴りを潜めたのがまだ救いか。
各部の言い分は紙面にて述べるようにと予算案における自己アピール申告書を各部長宛てに配り、生徒会室の平穏を獲得したのはここ最近のことである。

 その申告書の整理も終りかけ、本格的に予算の見積もりにかかろうとしたその時、生徒会室の扉が大きな音を立てながら開き、
「アラタさんっ。今日も無事でしたかっ」
真行寺が舞い入れた温かい春風のせいでせっかく整理した申告書を盛大にばら撒く事態になり、すごいヒンシュクを買ったのもつい昨日のことだった。

 会計を中心とした生徒会役員たちのその後の電卓を叩く音に、鬼神迫る迫力があったことは三洲の記憶に新しい。

 また、休み時間ごとに三年の教室までやって来てはちらりちらりとあたりを見回す最近の真行寺の姿などは、まるでお忍びで城を抜け出てきたどこぞの王子のようで、一部の三年の生徒の熱い視線を集めていた。

 三洲の姿を認めてほっと安堵の溜息をつくと、
「不信な奴、見かけませんでしたか?」
毎度の台詞を繰り返して二年の教室にすごすごと戻っていくのは、今や真行寺の日課になっている。

 三洲のクラスメートたちも慣れたもので、実のところ真行寺による三洲参拝が始まってから三日も続いた頃にはすでに、
「お〜い、三洲。いつもの見回りがやってきたぞ」
教室入り口近くの生徒たちが真行寺の来訪をのろしを見つけた番人のごとく、リレー形式で三洲に知らせるようになっていた。

 真行寺の三洲通いが一週間も続くと、
「ああ、いいところに来た、真行寺。ついでにこの資料、物理準備室持っててくれよ。
二年の教室に戻るついでにさ」
「あ、これもこれも。こっちは数学研究室ね。悪いな、真行寺」
気軽に真行寺を手足に使うようになっていたほど、三年の教室に真行寺は溶け込んでしまっていた。

 最上級生にとって退屈な日常にふいに飛び込んだ、暇潰しには結構な獲物──真行寺兼満。

「持っていくのはいいっス。ところで、今日も不審人物、見なかったですよね?」

 交換条件にと情報提供を貰い受けようとした真行寺に、
「その質問、今日で三度目だぞ? いないいない、そんな奴。
おまえという強力な包囲網を潜り抜けて、あの高嶺の花に近づけるモンなんて滅多にいねえよ」
三洲のクラスメートはいつもと変わらない返事を返して、真行寺の安堵を誘うのも毎度のことだ。

 たまに、教師が色目で見ていたなどと純情な二年生をからかいつつ、
「おまえもよく続くよなあ」
「それにしても、また超難関のド偉い相手に懸想したヤツもいたもんだ」
「ホントホント。
おまえっていう一級の三洲オタクのガードをすり抜けて、あの高嶺の花にほいほい近づける輩がいたら、俺はマジに尊敬するね」
三洲のクラスメートたちは、真行寺の《三洲命》振りに感心しながらも、要領よく、ポンと真行寺の手に分厚い資料の束を積み上げて、「よろしく頼むわ」と笑って三年の教室から送り出すのもすでに日常になりつつあった。

「アラタさん、ホントにホントにしっかり自分を守ってくださいよぉ」

 教室と廊下を隔てる窓越しに、真行寺は不安のスパイスを塗(まぶ)したような心許ない視線を三洲に向けると、拗ねたような声で心からの願いを呟いた。

 二年の教室に戻る真行寺の背中は日を追うごとに寂しげだった。





「最近さ、真行寺くん、温室に来ないんだよなあ」

 ここ連日の真行寺の納豆の糸のような粘り強い張り込みに、鈍いと自負する託生さえもが違和感を察して、
「ねえ、三洲くん。何か知らない?」
そう尋ねたのだが、訊いたところで真行寺の挙動不審の理由なんぞ、そう簡単に明かす三洲ではない。

「特に何も」

 関係ないとばかりのこの冷ややかな返答は、託生の想像範囲内だったのだろうが──。

「ただあいつが勝手に空回りしているのさ」

 三洲が繋いだこの言葉は期待以上の収穫で、
「そっかぁ。空回りじゃぐるぐるだねえ」
自分が出る幕でないことを何気に感じたようだった。

 普段は鈍い託生だが、時と場合によってはそうではない。

 そして、そのたまに訪れる例外の時が今であることを察した三洲は、無駄に自分の手持ちの札を見せてしまったことに気付いて、苦虫を噛み締めたように小さく舌打ちをした。

 真行寺の最近の不審な行動の原因を当然知った上でわざと泳がしているなどと、今この時点で託生ごときに知られるのは、策士・三洲の自尊心が許さなかった。

 即座に三洲は優位に立つための画策を練ると、己の年下の恋人を『嫉妬に狂ったオス猫』と評しては、
「今、発情期でね。だから余計に縄張りを荒らされるのが気に入らないんだろうよ」
移動教室の用意をしながら、「春だからな」とわざと託生の耳元で意味深に囁くのだった。

 極め漬けに、艶めかしさをわずかに含ませつつ脛に傷を持つ託生に向かって、
「お互い、春の陽気にはいろいろと狂わせられると思わないか?」
新年度になってから一変した麗しの恋人との付き合い方を暗に匂せば、より効果抜群であることも承知の上。

「葉山の場合、そろそろ今日あたり『上』からお呼び出しがかかる頃合いだと俺としては踏んでいるんだけど?」

 同室で同じクラスとなれば、託生の諸事情も把握済みだ。

 託生が懸命に隠そうと努力中の人知れずの逢引きも、三洲にはすべて筒抜け放題だった。

 その自分を取り巻く環境に託生は頭が回らないのか、とにかく、何をおいてもあの目立つ恋人のために共犯者であろうとする一途な託生は、「な、何のことさ……」と一応惚けようと努力するのだが、頬だけならまだしも首筋までほのかに赤らめるところなどからして、隠し事に向かない性質であるのは明白だ。

 とはいえ、三洲も、武士の情けでそのバレバレな誤魔化しに気付かない振りをしてやるのを忘れずに、しかし事実をわずかに匂わすところは手を抜かないようにして──。

「別に。気持ちに余裕がないってのはお互い身体にも良くないと思ってね」

 これまた意味深にほくそ笑んで、「身体」をわざと強調して囁き続ける。

 それでも。

 この言葉は、三洲の心からの正直な気持ちであることには違いなかった……。

──余裕がない、か。

 自分で口にした言葉を噛み締めるように振り返ってみると、その言葉は三洲自身が考えるよりもずっと正確に彼の気持ちを表しているのだと気付く。

──これまであった焦燥感が、今はそれほど感じなくなってる?

 真行寺の連日の三洲参拝が三洲自身に余裕をもたらしたのは事実で。

「ぼくはいつもいっぱいいっぱいだけど、三洲くんも実はそうだとしたら、それはやっぱり真行寺くんのせい?」

 そんな託生の珍しくも鋭い突っ込みにも、
「葉山はそれほど無粋じゃないだろう? 野暮な質問はしないように。
欲求不満はちゃんと相手を確認してから解消してほしいものだね」
軽く返せるくらいには回復していたのだった。

 そして、その夜、三洲が毎日つけている葉山託生観察日記は確かな成果を得ることになる──。





 山の中腹に立つ祠堂学院高等学校の寮に訪れる夜の帳。

 月でも出ていれば窓から柔らかな光がカーテン越しに部屋を照らしたのだろうが、生憎と今夜は新月。
それでも、恋人たちが忍んで逢瀬を重ねるには都合のよい夜だった。

「あの、さ。今夜の点呼なんだけど、お願いしてもいいかな……」

 何をお願いするかは、三洲と託生の仲においては語らずとも通じる事項だ。

 留守にする同室者が何のためにどこに出かけるかなどと尋ねることもない。
それはわざわざ言葉にするほど突拍子なことでもなく、こんなことが初めてではないからだ。

 第一、同室の葉山託生が頬を染めて言いだすからには、その行き先などひとつしかない。

「どうぞ、ごゆっくり〜」

 三洲が読みかけていた本から目を外してちらりと視線を向けると、託生は焦りまくって、
「あ、朝まで帰らないと思うので、えっとその、よろしくしてください」
何を言っているのか自分でもわかっていないだろう言葉を連ねるのも初めてのことではない。

 そんな託生に、「ま、せいぜい気張ってくれば?」と、少しだけ口元に笑みをのせてやると、託生が毎度ながら初々しく恥らう様子を見せてくれるのも毎度のことだった。

 あの手の早そうなギイが相手からして、おそらくはとうの昔にお手つきになっているはずの託生である。
恥じらいなど今更のはずなのに、いまだに羞恥心に関する神経は細いらしい。

 ここまで恥らうのもそれはそれでからかい甲斐があるというもので、何かと託生を突っついてはその恥じらいようを眺め堪能するのが、今や三洲の密かな娯楽であるとは当の託生はまだ知らない。

 託生は羞恥で上気してしまった顔を隠すように掌で覆うと、
「そ、それじゃ」
逃げるように部屋をあとにした。

 その背中を三洲は横目で視界に入れながら……。

──よろしくしてください、などど言われてはそうせざるを得ないではないか。

 三洲は腰を浮かしてカーディガンに手をやると、すぐ戻るつもりで部屋の灯りをつけたまま、するりと廊下に姿を消した。

 消灯時間になろうかという頃、三洲は再び二七〇号室に戻ってきたが、机のスタンドが照らした影はひとつではなかった。

「アラタさん……」

 昼間の拗ねた声が嘘のように、甘く艶やかに湿っている声。

 その声を取り込むように手を広げて、三洲は誘う。

「待たせたな」

 散歩をねだる飼い犬に向けるようなそんな台詞が、いくつかの衣擦れの音と共に床にすべり落ちる。

 二七〇号室に規則正しい寝息が満ちたのは夜更け前。

 肩を引き寄せられるその腕の温かさで三洲が目覚めたのは、まだ暗闇の朝だった。





──無意識に、毛布をかけてくれたのか?

 素肌に絡みつく真行寺の腕の温かさに、目を瞑って、その熱に頬を寄せる。

──以前にもこんなことがあった。

 あの夜も新月で、あたりは真塗りの漆器のように深い闇に覆われていた。

 真行寺が寝ぼけながらも毛布を引き寄せ、三洲の肩を温めようとして──。

『アラタさん。このままずっと……』

 突然、胸に抱きとめ、唇を合わせてきた。

 そばにいて、の真行寺の台詞が吐息となって三洲の唇に降りかかる……。



──あの時も暗闇だった。おまえの顔が見えないほどに真っ暗だった。



 真行寺が放課後、毎日のように託生がいる温室に通っているのは知っていた。

 それがただ、託生が奏でるバイオリンの音を拝聴するためだと頭で理解はしていても、締め付けるような胸の痛みは治まらなかった。

『暗闇の中、不意打ちでキスされたって言ったら、オマエはどうする?』

 最初は単に慌てふためく真行寺の顔を見たかっただけだった。

 だが、その後の真行寺の温室離れが、三洲に決定的な自覚を生み出した。

「参ったな。思ったより、俺はコイツに惚れてるらしい」

 締め付けるような痛み──それが無くなって初めて気付いた。

 思いがけなくも、葉山に嫉妬心を抱いていたのだと、この男の瞳に誰も映したくないのだと。
自分勝手な恋を自覚する羽目になってしまった。

 最近は、三年の教室にやって来るごとに自分のクラスメートと交わす、その些細な談笑にさえ聞き耳を立てている自分に気付いて、そのヤキモチ焼き振りに呆れかえるほどだ。

 何かかゆっくりと三洲の中で育ち、侵食していくのがわかる──。

 その「何か」に夢中になる自分は自分らしくないようで、それでも、吐息の中に含む甘さを感じて恍惚となる。

 だからこそ、三洲は策を練る──。

 そして。

 暗闇でキスしてきた男は、自分自身に嫉妬して──三洲は真行寺を手に入れる……。





 凪いだ水面に一投石。

 ミルククラウンの誕生と崩壊──。

 そして、そこに生まれた同心円状の波紋の中心に三洲はいた。

 意識して作った円と無意識に作ってしまった円。
三洲周辺にはたくさんの円が描かれ、隔たりとなって拡がっている。

 誰もが遠めに、その円の中心に佇む三洲に視線を投げては、別の友人たちとの会話に花を咲かせて通り過ぎていく。

 ただひとり残されるのは、いつも「自分」。
誰も手が届かない存在として崇め奉るように、友人たちですら「高嶺の花」と口にする。



──そう、幾重にも円を踏み越えて、アイツが俺を捕まえたりしなければ、俺はいつまでもひとりでいただろう。

 蹴飛ばしてもしがみついてくるその情熱を醸し出すその素直さが妬ましい。

 絶対自分には真似のできないそれ。だからこそ、手元におきたくなる。

 そして、それはすでに手放せないものとなってしまったことに苦笑しつつ、三洲は真行寺の腕の中で闇に笑みを溶かした。

──このまま朝まで……。たまにはコイツに寝顔を晒(さら)すのを許してやるか。

 陽が上がって、穏やかな朝日がカーテンを透かして部屋を照らす頃、三階ゼロ番から帰ってくる託生と、三洲とひとつのベッドで休む真行寺が鉢合わせるさまを脳裏に浮かべてみて、三洲の目尻に緩やかに笑みが生まれる。

 その忍び笑いに漏れた声は、穏やかに澄んでいた。

 ふたりの慌てふためく顔を拝む三洲の表情が、春の陽気に溶け込むほどの鮮やかな微笑みで満ちることになろうなどとは、三洲自身一縷(いちる)も気付くことなく──。

「おやすみ」

 この夜、不意打ちのキスのお返しにと、薄く開いた真行寺のそれに三洲から重ねた秘奥の行為を含め、当の真行寺は一粒の真相すら知り得ることなく──。

「明日もしっかり起きて、俺をたっぷり楽しませてくれよ」

 三洲の心は凪いだまま、漆黒の闇は静かに更けてゆく。

                                                         おしまい


material * NOION



*** あとがき ***

最後までのお付き合い、ありがとうございました。
当サイト、moro*onの5555hits記念作品「Milk crown」はいかがでしたでしょうか?
三洲が主人公のお話は初めては書きました〜(笑)。

5555hitsを踏んでくださったともさまからのリクエストは「真三洲でお願いします」でした。
最初、このリクエストを頂いた時、「え? 真三洲?」と目が点になったのですが、何とか書けて良かったです(笑)。

何分、真三洲でのお話は初めての挑戦で、めちゃくちゃ焦りました。
構成段階の最初から三人称での三洲のお話にしようと決めたところまではよかったのですが、そのあとがまあ大変(笑)。
ついつい真行寺に視点(同情)が向いてしまって困りました。

三洲の純情(?)をテーマ書きたかったのですが……。
掴みはOKだったでしょうか?(ちょっと心配っ)

この作品は5555hit記念として、ともさまに捧げます。

いつもご贔屓にありがとうございます。
これからも、moro*onをよろしくお願いします。

by moro



moro*on presents


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なお、ルビー文庫「タクミくん」シリーズはごとうしのぶ先生の作品です。著作権などは角川書店様にあります。
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