それは、二週間前のことだった。

 三洲から彼の話題を振ってくるのは珍しかったから、その時のことはよく覚えている──。



「あの煩いの、今日も葉山の邪魔したか?」

「煩いの」が誰を指しているのかは、疎いと言われているぼくでもピンを来た。
三洲が無条件に辛辣な言い方になる相手となると、ひとりしか該当しない。

「そういえば、最近見かけないかな。何か、真行寺くんに急ぎの用事?」

 ぼくはともかく、まさか彼が三洲にまでご無沙汰中とは露知らず、ぼくは能天気にもそう口走っていた。

「わざわざ理由を作ってまで、俺がアイツを呼び出すと思っているのか?」
「……いえ、思ってません」

 さすがに、三洲がギロリと睨んできたので、失言だったと気付いたのだけれど。



 その日の三洲は部屋に帰ってからも機嫌が悪く、見るからにピリピリと緊張感を漲(みなぎ)らせていた。

 すでにすべての三年が受験勉強に専念する環境に突入しつつあるこの季節である。
特に運動部は夏の終わりに三年は引退し、すでに各部とも二年を中心とした新顔たちの新人戦を目指しはげむ情景があちこちで見かけられた。

 そして、生徒会もつい先日、新役員の選挙も済み、後任の新生徒会メンバーの選出もひと段落して。
本来なら生徒会長職の任期も残り僅かになり、今は引継ぎの段階で、三洲にしてみれば「生徒会」という名の肩の荷が下りて、のんびりムードになって当然の九月も終わり、であるはずなのに。

「真行寺くん、最近、忙しいのかな」

 生徒会活動にしても部活動にしても、三年が引退して「ヒマ」になると、そのシワ寄せは当然、二年の肩に重くのしかかるのは例年のことだ。
今度は真行寺が忙しい身の上になっても、何ら不思議ではなかった。

「すれ違い、かあ」

 三洲もしばらくはそれほど「ヒマ」にはならないようだし……。

 十月には新生徒会長に生徒会を委任するとはいえ、三洲自身は当分の間は慣れない新生徒会に顔を出すつもりでいるらしい。
ギイの情報によると、三洲がトクベツ優秀な生徒会長だった分、通常活動の引継ぎに加え、数多くの企画の言い渡し分が存在するようだ。

 それをすべて引き継がされる身になって、初めて三洲の偉大さを再認識するのだ──と、ちなみにコレもギイの見解によるもの、である。
実際、三洲が顔を出すのも、「泣きつかれた」結果だと聞いている。

「こればっかりはねえ」

 そう、仕方ない……。

 それでも──。

 ぼくたちの場合もそうだが、忙しいのはわかるけれど、「会えない」のは辛い、のだ。

「まあ、これからは三洲くんの方が空き時間ができるんだしさ」

 真行寺くんもそのうち落ち着くよ、と続きを言おうとしたら──。

「気に食わないな」

 今までの自分の忙しさを棚にあげて、三洲は憮然と呟いた。

「俺を振り回すのなんて、百年早いんだよ」

 凄みのある笑顔は、ある意味惚れ惚れしてしまうくらい魅力的だった。

 そして、素直になれない「天邪鬼」な三洲は、彼らしい手腕でもって動いたのである──。


A stellar trap



「オリオン座流星郡?」

 目線の先には、大きな薄黄色い文字がその存在感を誇示していた。

「ああ、毎年安定して多くの出現を見せるヤツだ。
高速で明るい流星が多いから、観測しやすいって聞いたことがあるな」

 斜めうしろでは章三が、いつにもましてキビキビとした動きで、竹箒を手に落ち葉と奮闘していた。

 それを尻目に、ぼくは掲示板に張られた一枚のポスターを、もう一度よく見直した。

『極大は毎年10月21日頃。その前後数日間はほぼ同程度の出現数が見られます。
(予想出現数、1時間に15個──今年の観測条件は「良」)』

 そんなコメントが夜空を背景に白字で書かれている。

 一番下には、小さく、
『オリオン座流星郡:
年間主要群のひとつ。5月のみずがめ座η流星群と同じくハレー彗星を起源とする。
輻射点位置はオリオン座のベテルギウスの北東に約10°の辺り。
10月10日から30日にかけて活動。極大は21日』
と、四角の点線で囲まれていた。

 極めつけは、
「『10月22日深夜から23日明朝までの一晩のみ、就寝の点呼後、自由行動を許可。
徹夜覚悟で観測しよう!
条件:@寮の屋上、または屋外の指定の場所で観測すること。
    A3人以上で行動すること。
    B参加者は参加用紙に必要事項を記入し、生徒会に提出すること。
安全確認のため、見周り有り──』?
何これ?」

 小脇に抱えた竹箒は、依然止まったままだった。

「ご覧の通り、さ。それより葉山、いい加減に手を動かせよ」
「ああ、ごめんごめん。
それにしても金曜の夜ってことは、翌日の土曜には半日授業、きっとみんな眠そうだねえ」

「土曜の夜にこんなのやってみろ。糸の切れたタコのようなやつが出るに決まってる」
「なるほど」

 観測翌日が土曜となれば、朝には登校のために必ず寮に戻らなくなくてはいけないわけで、
「これって強制的な自由行動防止策な日程になってるんだ……」
ぼくは思わず感心してしまった。

形ばかりに地面を擦るぼくの視線は、やっぱりポスターに釘付けのまま。

「へえ、これって生徒会と風紀委員会の共同主催なんだ……」

 ポスターの端に書かれた名称に、ちょっと納得してしまった。

「葉山、真面目に働け」
「はいはい……。でもさ、風紀委員会ってことは赤池くんも当日、お手伝いするわけ?」

「主催はあくまでも新メンバーだが、初っ端からの新企画じゃ重荷だろう?
何といっても人手不足だからな。
当然、前役員である三洲や僕なども見回りに借り出される予定さ」
「一晩中なのかい?」

「まさか。見回りは各自、行動範囲と時間帯を区割りするに決まってるだろ。
誰が一晩中、お守りなどするか。
真面目に観測してる生徒が果たして幾人いるか、今からホント楽しみだね」

 口元に意味ありげな笑みを浮かつつ、章三がぼくを見た。
その視線が自然とぼくの足元に下りていく。

「葉山、一晩中ここを掃いてくれても、僕は一向に構わないんだが?」

 章三の足元にはすでに落ち葉の山が集められており、すでにゴミ袋行きを今か今かと待っている。
何事も隅から隅まできちんとしないと気がすまない章三の性格が、ありありと見えた気がした。

──今度の風紀委員長も赤池くん同様の『キチントさん』なのかな?

 みんなが章三並みに働けば、この祠堂学院も見違えるほど整然とするだろう。
整然としすぎて、隠れる場所さえなくなりそうな薄ら寒い予感すらする。

「ギイがいたら、焼き芋やりたいって言い出してたかもね」
「アイツは『ついで』が多いからな。
落ち葉集めの『ついでに』焼き芋して、それ目当てに集まった生徒を『ついでに』使って掃除させるとこはやっぱり人を動かすのが上手いな、と思うよ」

「赤池くんも去年、使われちゃったクチですか?」
「片棒担いでやっただけだ。手早く、最小の労働力で綺麗になれば、僕はそれでいいのさ」

 前風紀委員長となった今でも、章三は根っからの風紀委員長サマなのだった。

「赤池くんの引退を惜しむ人は多そうだね」
「まあ、充実した日々ではあったな」

 ご苦労様でした、と腰を折ってお辞儀すると、
「礼を言われるより、今は目先の問題を何とかしてくれる方がありがたいね」
章三は肩を竦めつつ、ぼくの足元の吹き寄せを指差した。

 秋の風に吹かれ、寄せ集まった落ち葉の塊がぼくの周りに点在している。

 最後まで、風紀委員長の姿勢崩さず、の章三だった。





 あっという間に巷の話題が「オリオン座流星郡」一色となった。
ポスターが掲示されたその日から、寮の廊下で立ち止まって話す生徒たちの声は自然に大きいものになっている。
いたるところで、「自由行動」という誘惑的な単語が飛び回り、生徒たちの意気込みがその声の大きさに比例して、ビシバシと伝わって来た。

「新生徒会もやるじゃん」
「新風紀委員会も話せる〜っ」

 新役員の評判もなかなかで、会話に花が咲かす生徒たちの表情も一目見て知れるほど興奮気味だ。

「三人以上か……。寮の屋上で寝っ転がって星空を見上げるのもいいよなあ。毛布持参でさ」

 食堂でも、やっぱり「オリオン座流星郡」の話題は尽きず、食べながら「条件」について相談する者も多くいた。

 遠目の席に座るギイと、彼を囲む一年。
彼らも、この話題で盛り上がっているのだろうか……?

「葉山はどうする? 俺たちと行動一緒するか?」

 席を立とうとするギイをちらりと見やってから、一階の階段長の矢倉がぼくの心情を気づかって、参加条件付きの流星群観察を誘ってくれた。

「崎先輩、返事のほうは急ぎませんから。ね、一緒に見ましょうよ?」

 食べ終わった食器を返却しに行くのだろう。
賑やかな集団がぼくらのテーブルの脇を通って行く。

「きっとたくさん流れ星、見えますよ」

 ギイの顔を覗き込むように誘うのは、中学生と言ってもおかしくないほどに背の低い一年だ。

「崎先輩がいないとつまらないですよ」

 次から次へと代わる代わる、一年生の口から放たれる甘い誘い文句の数々。

──こんなふうに弾丸の勢いで迫られたら、陥落するのも時間の問題だろうなあ。

 ギイと見たかった流星群だけれどこの調子じゃ無理そうだと、ぼくは諦め気分に、はあ、とひとつ溜息を吐いた。

 ギイの現状に、ぼくと同様の判断をしたのか、
「当日、葉山の部屋に迎えに行こうか? それとも、もっと誘いたいヤツいる?」
矢倉の言葉を引き継いで、八津が横から話を詰めてきた。

「赤池は途中何度か抜けたりするだろうけど……。ま、こういうのは大勢の方が楽しいからな」

 矢倉がチッチッと、目の前で箸を横に振りながら、
「せっかくのお祭リなんだ、騒がなくちゃな」
と楽しそうに身体も一緒にノリノリに揺らし出す。

 そんな矢倉の姿を見ているだけで、ぼくらは一足早くお祭り気分を味っていた。

 そして、これほど馬鹿騒ぎをしていれば、大勢が集う食堂とはいえ目立つのは当然で──。

「楽しそうだな。オレにも少し分けてくれよ」

 どきんと高鳴るぼくの胸の音。

 ノリ良く聞こえるギイの声が、ぼくらの頭の上から声が落ちてきた。

 ギイを囲む一年たちは彼の心情を察することもできないまま、
「ぼくらと一緒に観察してくれるんじゃないんですかぁ?」
自分たちを見てもらおうと必死になって、ギイに話かける。

「こういうイベントの時って、同学年同士だけの方が気兼ねしなくていいもんだぞ」

 暗にギイは、「オレに構わず、そっちはそっちでやってくれ」と言っているのだが、
「そんなことないです。こういう時こそ、僕らは崎先輩と一緒に楽しみたいんですよ」
気付いてほしい面々には、まったく気付いてもらえない。

 ましてや、
「崎先輩と一晩中話ができるなんて、こんな機会滅多にないんですから」
ゴリ押しで、一晩中の約束を取ろうと一年同士でタッグを組んでいた。

 さすがのギイもお手上げ状態が続き、
「オレだって、たまには同級のこいつらと騒ぎたいしさ」
三階階段長の人となりを良く知る人間なら、「機嫌がいい」とは絶対思わないような声まで出てしまっていた。

 これにはギイも、咄嗟に、「しまった」と困惑の素の表情を垣間見せる。

 ギイ自身、表に出すつもりはなかったのだろう。

「さすがのギイもストレス限界?」

 八津が声を潜めて、ぼくに耳打ちしてきた。

 ぼくを含むここにいる顔ぶれは、ギイに声にかすかに苛立ちが含まれていることを、少し前から感じ取っていた。

 ギイと公然と一緒にいられるチャンスなのは、何も一年生だけの特権ではない。
加えて、ギイがわざわざ「気の知れた仲間たちと過ごしたい」と口にしたのだ。

 ギイの許容範囲が広いことはわかっている。
だからこそ、そんな彼がつい声に苛立ちを出してしまうほど、八津の言葉通り、ストレスが溜まっているのだとしたら。

 それに……。

──ぼくだって、一緒にいたいんだ。

 でも、ぼくの希望をここで言葉にするわけにいかない……。

──やっぱり、今回も我慢しなくちゃならないのかな。

 ぼくは誰にも聞こえないように、はあ、とまた小さく溜息をついた。

 ぼくもいい加減、限度が近そうだ……。



「あれ、ギイ。もう食べたのか?」

 一年の誘いにやんわりと断りを入れつつも、粘られて、四苦八苦しているギイに、気軽に声を掛けられる存在。

「章三、おまえはこれからか?」
「ああ、例の見回りの分担の件で呼ばれてな、この時間さ」

 話に割って入って来たのが前風紀委員長と知ると、一年たちも黙って二人の会話が終わるのを待っていた。

 これがぼくだったら、こうは優先されないだろう。
この気位高い一年たちに、章三が「ギイの相棒」だと認知されているからこそ、許される「優先」なのだ。

 そんな一年の存在をわざと無視するように、
「ギイ、おまえは僕が一晩中見張ってやるから安心しろよ」
ふふん、と胸を張って章三が不敵に笑う。

「どこの誰がおまえに見張ってもらって安心しなきゃならないんだ」
「探す手間が減るじゃないか。おまえが消えたなんてことになったら大問題だ。
……というわけで、おまえは僕と行動すること。いいだろ、ギイ」

「勝手に決めやがって」と決め台詞を吐くギイの口元は笑っている。

「それで、ここにお集まりの一年の諸君、僕はこれから食事をしたいんだが、いい加減、退いて貰っていいかな。
そっちの席に着きたいんでね」

 トレイを持った手で、一年の集団を蹴散らす章三の姿は賞賛に値した。

「やるじゃん、赤池」
「うん、さすがに元風紀委員長サマだ。
確かに彼が見張りじゃ一年たちも落ち着いてギイを独占できないよねえ」

 矢倉と八津は頷き合って、それからぼくに向かって親指を立てて言った。

「赤池とギイだけじゃ条件クリアにならないぜ。ここはみんなして申し込もう」

 ぼくに異存などあるはずはない。

「楽しみだね」

 八津がぼくに目配せをする。

「流れ星、たくさん見えるといいな」

 みんなと一緒に、ギイと一緒に、たくさん流れ星が見えるといい──。

 ふたりっきりじゃないけれど、久しぶりのギイとの逢瀬。

 ぼくは星空に集う笑い声に早くも心を馳せつつ、
「流れ星、楽しみだなあ」
何を願おうか考えていた。



 一年たちが立ち去ったあと、
「章三、今日はジュース、奢ってやる」
ギイが章三の肩にポンっと手を置いて、笑って言った。 

「珍しいな、雪でも降るか?」

 章三も同様に、笑顔で返す。

「降るかもな。百円の方を奢ってやるつもりだから」
「余程のご機嫌のようだな」

 ギイの相棒が確信犯であることなど、ここにいるメンバーは先刻承知だった。

「赤池の機転に座布団三枚」

 矢倉も調子よく参加する。

「葉山は?」
「え? ぼく?」

 急にフラれて臆するが、ちょっと考え、
「赤池くんに肩揉み100回」
この応えには、みなさんに満足していただけたようだ。

「託生が肩揉みなら、オレは腰揉み、だな。一番生まれが遅いヤツに限って老いてるもんなんだ」

 途端、
「ギイ」
章三の箸がぱたりと止まる。

「恩を仇で返すつもりか?」

 目が笑っていない。

「章三、そちはさすがに頭が回るのォ。余は満足じゃ」

 ギイのそのふざけた物言いに、
「話を反らすな。第一、それが相棒に向かって言う賛辞か?」
修行が足らん、と続く口調に反しながら、今度は章三の目が笑っていた。

「最高の褒め言葉だろ?」
「ああ、おまえの口から放たれたと思えば、な」

 そして、にやりと意味深に、最後にはふたりして声を出して笑い出だすのだった。

 こんな時、ぼくはこのふたりの間に入れないなあと思う。
でも、それは「嫉妬で辛い」のではなく、純粋に「こういう関係っていいなあ」という憧れが強い。

 かと言って、ぼくがギイの親友になりたいのか、と訊かれると、否と応えるだろう。
ギイの最高の相棒が「章三」だから、ぼくは彼らの姿に憧れるのかもしれない。

 だが、そのあと、ギイが小声で、
「オレが代官役をやるなら、やっぱりおまえがいないとな」
ぼくにそうさらりと言ってきたのには、この場をどう繕えばいいのか本当に困ってしまった。

「代官と大棚は『悪巧み』には持って来いだが、託生がいないと『帯くるくる』ができないだろ?」

 章三相手に「帯解き」なんぞ冗談でも口にしたら殺されそうだ、と茶目っ気たっぷりと付け足して、ギイは肩を竦めつつも笑顔を見せる。

「ギイ、最近、時代劇に凝ってるの?」

 超絶美男子のギイの外見と台詞のギャップがたまらなかった。
「越後屋、そちも悪よの〜」と今にも言いそうで笑えてしまう。

「帯くるくるは男のロマンだぞ」
「あいにくぼくはそんなロマン持ってないけど?」

「せっかくオレの帯、クルクルさせてやろうと思ったのに」
「寮には帯なんかないのに?」

「託生が望むなら、バレリーナにようにくるくると回ってあげよう」

 ギイが両手を上げて、「あれ〜」と叫びながらくるくる回転するトコを想像してみる。
ぼくはつい、ぷっと噴き出してしまった。

「御曹司が形無しだね。島岡さんが見たら卒倒するよ?」

 すると、ギイが一言。

「なら、島岡と一緒に踊ってみるか?」

 さすがに、ぼくは「参りました」と降参した。

 ギイはぼくのことをしばしば「意外性がある」と言うけれど、ぼくに言わせてもらえれば、ギイの方が意外性の塊だと思う。

 だから、今は取りあえず、コレだけは言っておこう。

「ギイ、これ以上、あんまり心臓に悪いことしないでよね」





「葉山は流星群、見に行くのか?」

 部屋に戻ると、三洲にも訊かれた。

「今さっき食堂でみんなして行こうって話が纏まったんだ。三洲くんは?」
「俺は見回りがあるからな、適当にするさ」

 そこで話が終わるかと思いきや、
「崎も一緒なのか?」
いつもの三洲らしくなく突っ込んできた。

「ああ、え〜と……うん」

 ギイと一緒、と言うだけなのに、なぜか応えにくくて。

「でも、赤池くんも、八津くんも、矢倉くんも、えっとあとは誰がいたっけ──」

「わかったわかった、『みんな』と一緒なんだろ?」
「うん」

「大勢だな」
「三洲くんも一緒に見る?」

 彼が誘ってほしいわけじゃないのはわかっているのだけれど、やっぱり大勢だと楽しいから──。

「いや、今回は遠慮しておくよ」

 ありがとう、とお礼まで言われて、ぼくはなぜか釈然としなかった。

 いつにもまして素直な三洲。普段の彼なら「ありがとう」はなかったはずだ。

「三洲くん、疲れてるの?」
「いや、そうでもない。今度の『流星群』が終わったらもっと楽させてもらうさ」

「無理しないでね」
「わかってる。俺は大丈夫だ」

 ぼくの言葉が、どのくらい彼に届くかはわからないが、
「大丈夫って言ってる人に限って、大丈夫じゃないんだよ。
『自分はダメだ〜』って言える人ほど、結構強かったりするんだから」
ちょっとでも、三洲が耳を傾けてくれるといい。

「参るな。さすがに意外性の葉山だけある。いつもの鈍はどこへ行ったやら。
でも、俺自身の身体ことは俺が一番よくわかってる。だから、『大丈夫』なんだ」

 そしてもう一度、「ありがとう」の言葉が部屋に響いた。

 やっぱり、三洲は大丈夫なんかじゃない……。





 オリオン座流星郡観測の当日、夕飯が済むと、いつにもまして寮内は騒がしかった。

 ぼくはギイたちと一緒に、寮の屋上で流れ星を見ることになっていた。
寮近くの一部の外庭も指定場所も観測参加用紙には選択可能であったが、この季節になってもまだ蚊がいるからとみんなが屋上を選んだのだ。

 一晩中、耳障りな蚊の羽音と虫刺されによるかゆみに悩まされるのはぼくも遠慮したかったので、その決定にもちろん依存はなかった。

 かくして、ぼくたちは各自毛布持参で屋上に集合した。

 屋上には他の生徒たちもたくさんいて、それぞれに場所をとっては星空を見上げている。
祠堂学院高等学校は山の中に建っているので、街中よりは星が良く見えた。

 冬ほどではないが、夏の夜空と違って霞みも少ない。

 今日は日中も秋晴れで、気持ちのいい風が吹いていた。
だが、まだ十月だというのに、夜半の外気温の元で息を吐く少し白くなるので、ここが山だと思い知る。

 屋上に上がってくる生徒が、非常ドアを開けるたび、その電灯の光が白い息にきらきらと反射した。

「託生、寒いだろ? 毛布を二枚重ねような」

 寒がりのぼくを気遣って、自分の毛布とぼくの毛布を重ねて合わせて、
「こっち来いよ」
温かい毛布でぼくを包もうと、ギイが手で誘う。

 周りを見ると、寒さに勝てない者たちはみんな、同様にして暖を取っていた。

「暖かい」

 ギイの体温と毛布の防寒で、至極幸せな気持ちに包まれた。

「コレ、すごくいい企画だよな」
「来年もあるかな?」

 毛布の中ではギイが肩を抱いてくる。

「好評だったらまたやるかもな。でも、別にオレは今年だけでもいいけど……」
「どうして?」

 空いたもう片方の手で、ギイはぼくのシャツに手をさし入れてきた。
冷たい、と会話の合間に抗議をしても、すぐ温まるから、と却下される……。

「オレ、もう卒業してるしな。来年の企画なんて関係ないだろ?
託生が流星群をまた見たいなら、来年からはふたりで見ればいい」

 身体に点された熱にさえ溺れそうなのに、
甘い言葉にも酔いしれそうになってしまって、ますますぼくは困ってしまう。

 ここでは「ふたりだけ」でいられないのに、言葉と行為にいつもより余計に反応してしまって、心臓の音が痛いくらいに高鳴る……。

「三洲に感謝だな」
「え? 三洲くん?」

「ああ、これ、三洲が企画したヤツなんだ。新生徒会に引き継いだ新企画のひとつ」

 新しく発足した生徒会を手伝って、忙しく働いて。
本調子でもないのに、『俺は大丈夫だ』と自分に言い聞かせて。

 三洲は自分が企画したものだから、どうしてもコレを成功させたかったのだろうか?

「三洲くん、今夜もお仕事なんだよ。見回り担当だって言ってた」
「章三も借り出されてるしなぁ。ああ、噂をすれば、御本人の登場だ」

 一回目の見回りを終わらしてきたのだろう。
毛布を持って、キョロキョロ辺りを見回しながらこちらにゆっくりと近づいてくる、章三のシルエットがあった。

 非常口の緑色の非常灯の灯りが、暗闇に慣れた目に明るく映る。
章三の背後からもれるその緑の灯りが、全身を濃い闇色に染めた彼の輪郭を際立たせた。

「章三、こっちだ」

 ギイが声を掛けると、ぼくらを確認した章三が迷いのない足取りでやって来る。

「見回り、ご苦労さん」

 ギイの労いの言葉に、章三も手を上げて笑み浮かべた──のだが、ぼくらの前に立った途端、
「何だ、それは」
眉を寄せながら、すかさず低く、章三が問う。

「オレたちだけじゃないだろ? 見てみろ、みんな、互いに暖を取ってるじゃないか。
託生は寒がりだし、こうした方が暖かいんだ」

 ギイに言われて、周辺を改めて確認する章三だったが、
「周りが健全でも、おまえたちがそうだとは限らない」
そう断言して、
「ほら、ギイ。『両手で』これを持ってろ」
章三は星座早見盤を差し出した。

「ちゃんと毛布から両手を出して日時を合わせろよ」

 章三はしっかり釘を刺すのも忘れない。

「託生、今年はダメだ。やっぱり来年に期待しよう」

 手ごわい章三の監視に負けて、がくりと肩を落とすギイ。

「いい心がけだな、ギイ。最後までそうやって今夜は大人しく流れ星見てろよ」

 こうして章三は宣言通り、明け方まで立派にギイの見張り役をやり遂げたのだった──。





 翌日の夜明け前──。

 部屋に戻ると、隣りのベッドで三洲が熟睡していた。
三洲を起こさないよう、できるだけ音を立てないように、息を止めてドアを閉める。

 これぼどぐっすり寝ている三洲の姿をぼくはここ最近見ていない。
昨日は余程、見回りで疲れたらしい。

「……もう身体、平気なのかな」

「大丈夫」と言っていた三洲だが、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。
彼は無理をしてでも、毅然と仕事をこなす人で、素直じゃないのは三洲の十八番(おはこ)だ。

 流星群の企画が終わったら、前より楽になるって言っていたけど……。

「やっぱり……、大丈夫、なんて嘘ばっかり──」
「酷いな、嘘じゃないぞ」

 あわわ、起こしてしまった。
何のために音を立てないようにしたのか……。ドアの苦労も水の泡だ。

「葉山、たくさん流れ星見れたのか?」
「うん、すごく感動したよ。
あんなにたくさんの流れ星を見たの初めてだったな……、ってぼくの方はともかく、ホントに三洲くん、身体は大丈夫なの?」

「ああ、エネルギー補給をしたからな」
「エネルギー補給?」

 昨日の夕食をたらふく食べたってことかな。

「ああ、丁度良い運動になった」

 運動? 見回りのこと?

「そんなに見回りって大変だった?」
「別に。俺の担当は寮内だったから。適当に部屋を覗き回っただけだ。第一、葉山もだろ?」

「ぼくも?」

 繰り返して問うぼくを、見上げて微笑む三洲。
目を細めつつこちらへ向ける彼の視線が目に痛い。

 三洲としても故意ではないのだろうが、その上目遣いの視線には物言わぬ色気があって……。
不謹慎にも胸の鼓動がドキンと高鳴る。

──やばいよ、これ。こんなに焦ったりしたら、今後ギイや真行寺に合わせる顔がなくなる……!

 ぼくはひたすら、心臓の音が三洲に聞こえてませんように、と祈るしかなかった。

 そんな、ぼくの心中など露知らず、当の本人は、
「寝不足なのはお互い様だろが?」
意味不明なことを言い出す始末。

「は?」

 確かに、夜徹し流星群を見ながらおしゃべりしていたぼくの方は寝不足だけど……。

「三洲くんも一晩中、見回りしてたの?」
「いや、俺の担当は一時までだった。お陰で朝までベッドの住人さ」

 だったら、寝不足というほどでもない。

「こんな夜くらい、葉山も気を利かせろよ」

 そして、不可解な三洲のこの言葉と、共に向けられた意味深な微笑みは、さらにぼくの頭を悩ませた。

 だけど、今まさに、三洲によって「目でモノを語られてる」という状況な中、難解問題の糸口がだんだん見えてくるような──何かが近付くカンジが強くなる。

 だが、そうやって、少しずつ三洲の言わんとする核心に近付いて行くごとに、なぜだかだんだんと、ぼくがこの場にいるというこの現状に落ち着かなくなっていく。

──この「予感」がとても怖い……。

 そして、突然、次の決定打によって、予感が確信となったのだった……。

「アラタさん!」

 恋人の名を叫びながら部屋に飛び込んできた王子様ルックスの彼の登場が、カーテンの閉まった部屋に、笑顔という名の陽を差し込んだ。

 ところが。

「あ、葉山サン、もうお帰えりだったんスか……」

 ぼくを見つけて急に戸惑う真行寺。

 当然、三洲しかいないと思っていたと言わんばかりの真行寺の駆け込みように、こちらの方が、確信を持って、「絶対ここにいてはいけない」と思い知った。

 やばいよ──。

 爽やかな笑顔に照れのスパイスを降りかけたような表情の真行寺と、楽しい玩具を見るような怪しげな微笑み崩さずの三洲のふたりを交互に見る……。

 この違和感がむず痒い。

 どうにも気恥ずかしくなって、でも、にっちもさっちもいかなくて。
どうもここは落ち着かない……。

 ついには、
「真行寺、買ってきたんだろう? 出せよ、のど渇いてるんだ」
ペットボトルを受け取ろうと、毛布から出した三洲のその腕に、ぼくの目は釘付けになった!

 そう、三洲の腕は素のままだった。

 ちらりと見えた上半身は、何と裸だったのだ。

「葉山、そういうわけだから」

 三洲が起き上がると、毛布がはだけた。
するりと落ちる毛布は、肩甲骨を浮かばせた彼の綺麗な背中を晒しだす。

 そこには、ニヤリとわざと微笑む三洲がいた。

 さらに、三洲が良い性格をしている証拠に、上体をぼくに傾け、身を寄せて、
「俺が誘ったわけじゃないさ。勝手に……──」
僅かに掠れた声で、ぼくだけに聞こえるように囁いてきて……。

「し、失礼しましたっ」

 ぼくは間男のごとく、慌てふためきながら部屋を飛び出した。

──わざとだ、わざとだ!

 三洲であれば、ぼく相手なら隠すこともできたはず。

──これは絶対、ぼくへの嫌がらせだ〜っ!!!



「アラタさんっ、なんて格好〜。いくら葉山サン相手だからって、今回のはマジに不味いッスよ〜」
「たまには葉山に見せ付けるものいいだろう?」

 今にも閉じられつつあるドアの向こう側から、焦りまくる真行寺の声が漏れ聞こえる。

 三洲の天邪鬼は今に始まったことではない。

 わかっていたはずなのに……。



『俺が誘ったわけじゃないさ』

 確信犯の三洲の囁き。

『勝手にアイツがやって来たんだ』

 優秀な策士の誇らしげな口調。

 そして、妖艶の微笑みに隠された、満ち足りた三洲の表情。

「三洲くん、やってくれるよぉ……」

 三洲は自分からは誘わない。
だから、三洲は流れ星に願いをかけた──。

 三洲の想いをのせて、星が尾を引きながら流れていく……。

「真行寺くん、わかってるのかな」

 全校生徒を巻き込んで、恋人が星夜に出歩きやすいよう策を練る……。

「まったく、『会いたい』って素直に言えばいいのに」

 その言葉が言えなくて。でも、やっぱり会いたくて。

 好きだから、会いたい──。

 そうして、彼は静かに動く。
恋人との甘い時間の針を動かすために、ひたすらに。

 素直になれない「天邪鬼」な三洲は、これからも、彼らしく、さまざまな手管を駆使して願いを叶えていくのだろう……。

 ただひとつの想いのために──。



                                                         おしまい


material * NOION



*** あとがき ***

な、長かった……。
もっと短い話のつもりで書き始めたはずが……(笑)。

そして、またもや、最後は「三洲の美味しいとこ取り」のお話となってしまいました。
私が書くと、どうして「三洲贔屓」話になってしまうのか?

今回は、ラブラブ・ギイタクを目指したはずだったんですけど……。
ははは、いつの間にかこうなってました(笑)。

さて、最後までのお付き合い、ありがとうございました。
当サイト、moro*onの「気まぐれ企画」作品、「A stellsr trap」はいかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想などお聞かせいただけたら、歓喜してしまいます♪

いつもご贔屓にありがとうごさいます。
では、これからも、moro*onをよろしくお願いします。

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