幸せの残り灯を手のひらに


三階ゼロ番の窓を開けて、夜風を誘う。
階下の部屋から漏れる明かりに人肌の温かさを思い出して、頬が緩んだ。
軋(きし)む窓枠にもたれて、漏れる明かりの向こう側で暮らすおまえを想う。

腕の中の幸せが零れ落ちないように、きつく抱きしめたのはいつだったろう。
この手のひらの中に、幸せは確かにあった。

闇夜のような漆黒の髪に唇を寄せて、指の背で撫でるように頬を辿った。
両の手のひらで、ほのかに朱色に染まった頬を包めば、その柔らかさと温かさに心が和んだ。

この瞬間、時が止まればいい、の囁きに、小さく頷くその仕種が愛しくて、
いつまでも、このまま離したくない、と口付けた。

あの夜に心を馳せただけで、胸がふわりと熱くなる。

ひとり寝の夜だけど、この心は孤独ではない。
寄り添う想いがあると知っているから、ひとりきりのこんな夜も我慢できる。

だから。

幸せの残り灯のような、この感触が残っているうちに──。

「託生、オレの腕の中に戻っておいで」


えみこのおまけ


この作品の著作権は、文・moro、イラスト・えみこにあります。
なお、ルビー文庫「タクミくん」シリーズはごとうしのぶ先生の作品です。著作権などは角川書店様にあります。
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