「オレが託生になって、託生がオレになるんだ」
ギイが突拍子もないことを言い出すのはいつものことだけれど。
「何それ」
無茶を言うのもはなはだしいと、
「ギイはギイであって、ぼくがギイになれるわけないじゃないか」
呆れてものが言えなくなる。
「託生、ずるいぞ」
何がずるいんだ、と文句のひとつでも口にすれば。
「だって、おまえだけいい顔してるじゃないか」
「は?」
「オレに抱き締められてさ、託生、小春日和の縁側で昼寝をしている猫のような顔してる」
日本人じゃないくせに、ぼくより日本人らしい感覚を持つぼくの麗しの恋人は、
すごく気持ちよさそうで、すごくあったかそうで、
ぼくがとても羨ましいのだと、これまたヘンなことを言い出した。
「だから今度はオレの番なっ!」
そして、宣言するようにぼくに抱きつくと、身を丸めてぼくの懐に入ってくる。
途端、ぼくの胸に頬を擦り付けて、
「やっぱり気持ちいいなぁ」
ゴロゴロと喉を鳴らすようにそう言って、掠れた息をはあ、と深く吐き出した。
ぽんぽん、と背中を軽く叩いてあげると、
「極楽極楽」
温泉に浸かるどこかのおじいさんみたいなことを呟くから、
「湯加減はどう?」
くすくす笑いが零れてしまう。
だから、ぼくも調子に乗って、
「ギイじいさん、ちょっとぬるいですか?」
少しだけギイを試したくなって、ぎゅっと大切な人を抱き締めてみると、
「まるでこの世とは思えない。ギイくん、ただいま、昇天中」
それならば、と今度はぴたりと重なった身体を離そうとすると、
「このまま寝ちまいたい」
ギイはコタツの中に入り込んだ猫のように抵抗して、断固として場所を譲らなかった。
「ぐーぐー」
たぬき寝入りで意地汚く惰眠を貪(むさぼ)ろうとする恋人の、
血統書付きの猫のような薄茶色の柔らかい髪がふわふわと揺れて、時間の流れを遅らせる。
「何だか、ぼくまで眠くなっちゃう」
抱き締められるのも気持ちがいいけれど、抱き締めるのも捨てがたくて、
心がほんのりと火照った。
この温かさを何て言い表せばいいだろう。
「ギイ、きみだって相当ずるいよ」
好きな人を抱き締める至福の瞬間(とき)を。
クセになりそうなこの幸せを。
「これからは代わりばんこにしようね」
ギイばかりが味わうのは許せない。
この作品の著作権は、文・moro、イラスト・えみこにあります。
なお、ルビー文庫「タクミくん」シリーズはごとうしのぶ先生の作品です。著作権などは角川書店様にあります。
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