ありえない「いずれ」を期待して


TPOを無視して甘い言葉を囁いてくるのは、とにかくギイの悪いクセだ。

「カマキリとかクモってさ、交尾のあと、メスがオスを食っちゃうだろ?」

ましてや、お惚けモードで口説きだしたら要注意。

「全部が全部じゃないだろうけどね。ぼくもその話は聞いたことあるよ。
そういや、カブトムシやクワガタはオスのほうが大きいけど、カマキリとかクモはメスのほうが大きいよね」

まあ、奥さんが強い夫婦って実は結構多いらしいから、と世間一般的な話として軽く返したら。

「あれってさ、卵を産むためのエネルギー補給なわけだろ?
それじゃあ、オスもじたばたするわけにもいかないよな。
ホントよくぞまあ、『ゴケグモ』とはうまく命名したもんだ」

確かにアレも亭主を亡くした後家には違いない、と、ギイは感心しきりに何度も頷いて見せた。

「これが人間社会なら、痴情のもつれ、もしくは遺産を狙っての犯行ってとこか」

クモの繁殖システムを擬人化するとサスペンスの二時間モノも楽勝でイケルかもしれない、と、
これまたギイがズレた感心を示してきたので、
「突然、何なのさ。クモの話なんか持ち出してきて」
ぼくは訝しく思いながら、ギイの反応をじっと待った。

すると。

「いやさ、ほら。メスがオスを食べるってシステムはあっても、オスがメスを食べるってのはないだろ?」
「そりゃ、子孫を残すのは結局はメスがいてこそ、だからね。
オスがメスが食べちゃたらそれこそやばいんじゃないの? で、それが何か関係あるわけ?」

「つまりさ、オレは託生になら食べられてもいいやってこと」
「へ?」

そうして、ギイは、ふわりとぼくの首に腕を絡めて、凄みあるほどの微笑みでもって不敵に笑う。

「オレだっていざという時は素直に食べられてやるからさ」

その言葉が終らないうちに、すうっと手を伸ばしてぼくの腹部に触れてくるから、
「うわ、何するんだよっ、ギイ!」
咄嗟のことに飛び跳ねてしまう。

対してギイは、弄ぶその手を押しのけようともがくぼくを雁字搦めに抱き締めて。

「わからない? オレはいつだって食べられてやる覚悟があるって言ってんの。
だから託生もいつだって食べられる覚悟してなさいね」

息が触れ合いそうなほど顔を近付けながら理不尽な言い訳でもって応酬してくる。

こうなると、「それはカマキリやクモの話だろう!」と訴えたところで聞く耳を持つギイではない。

「オレたちふたりの明るい未来のために、オレもしっかり頑張るから」

本気モードで迫られたら、ぼくに逃げ場などないことは当然至極の承知の上。

「ちょ、ちょっと、ギイ、何を頑張るって言うのさ!」

まさか──。

「決まってる。いずれ託生がオレを食べたくなるようなコト、だよ」



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