ずっとずっと、君のことが好きだった。
ずっとずっと、君のことを忘れられない。
少年の頃。
ぼくは確か、十二歳くらいだった。
そばかすいっぱいの顔の五つ年上の隣りのお姉さん。
彼女はぼくの初恋の人だった。
お姉さんはお世辞にも美人じゃなかった。それに、少しぽっちゃりしていた。
そのせいか、男たちは他の娘の気をひくのに懸命になってて、お姉さんを振り返るヒマはなかった。
だから、お姉さんにデートを申し込む男が現れたとき、
その男を褒めてやりたい気持ち半分、「とうとう現れたか」と残念な気持ち半分……。
ぼくの心は渦巻いていた。
お姉さんはとてもあったかい人だった。
ぼくの村には、「緑の大地の妖精を祖先に持つ者」の言い伝えがある。
お姉さんは花や木をとても大切にしていた。動物たちにも優しかった。
ほんわりとした空気を纏っていて、そばにいるとぼくまであったかい気持ちになれた。
ぼくはお姉さんこそ、緑の大地の妖精の子孫じゃないかと、そうどこかで感じていた。
十三歳になった春だった。
お姉さんは雨の日だというのに、ただじっと外で佇んでいた。
それは誰かを待っているかに見えた。
ぼくが声をかけると、お姉さんは微笑み返してくれた。
だから、しばらくあの男の姿を見かけなかったとしても、
ぼくはてっきり、ふたりはうまくいっているとばかり思っていた。
なのに。
夏に入る頃には、あの男が名前も聞いたことない娘と婚約したとの噂が囁かれるようになって……。
お姉さんはとても優しかった。
悲しくて悲しくて、泣きたい時でも、それでもみんなに優しかった。
お姉さんは辛い時でも笑う人だった。
お姉さんはいつも笑顔の人だった……。
みんなは、綺麗じゃないってだけで、
「妖精の血なんか引いてっこない」と言う。
心の美しさを見ようとしないで。
だから、お姉さんが花の中に隠れてしまうなんて、誰もが砂の一粒ほども考えなどしなかった。
『青い星』と呼ばれる花がある。五つの青い花びらの、小さな花だ。
妖精が愛した花と言われているそれ。
その花の中にお姉さんは眠っていた。
気がついたのは、ぼくが最初だった。
お姉さんを探し回って、やっと見つけた先が、聖域とされる花畑だった。
どうしてぼくではダメなの? 年下だから?
ぼくはちゃんとお姉さんのこと、見てたよ。
ぼくはこの想いを伝えたかった。
竪琴……!ふと、あの音色が閃いた。
深く深く、この想いfが届きますように。
毎日毎日、『青い星』の前でぼくは弾いた。
何度、大人たちが止めようとしただろう。
「あの娘は妖精にさらわれたのだ」と誰かだ言った。
「連れ去られてなんかいない。あの小さな青い花の中に丸くうずくまって眠っているだけだ」
十六歳になった時、ぼくは都の音楽学校に入学した。
「お姉さん。ぼくは、君のために竪琴を弾くよ」
そう決心して。
そして、三年経って、ぼくはここに帰ってきた。
想いを込めて、竪琴の弦を鳴らした。
──でも、まだ、『青い星』は応えてくれなかった。
君はまだ眠ったまま。ぼくはもう、君の年齢(とし)を追い越した。
そして、更に五年の年月が過ぎ去った。
王侯貴族の面前で、弦を爪弾くぼく。
宮廷楽師になった今でも、ぼくの心は君を忘れていない。
それどころか、人と出会うたびに、君にますます惹かれていった。
もっともっと、君が好きになった。
ぼくはもう二十五。
ぼくはもう少年じゃない。
今日も心から、君を想って竪琴を弾こう。
風が優しい。花がほのかに揺れている。
すがすがしい気が、ここには満ちている。
──その時だった。
「いいのかね? 眠ったままで、いいのかね?
こんなに心がざわついているのに、何を怯えているのだね?」
厳かな声。心に直接響く声がした。
『青い星』が、コクンと頷く。
まるで魔法が解けるのを見ているよう……。
小さな『青い星』から君が出てくる。
花畑に横たわる君。
「ぼくがわかる?」
少年でなくなったぼく。少女のままの君。
君が頷く。
声が詰まる。言葉に出来ない……。
こんな日が本当にくるなんて、夢を見ているようだ……。
君が優しく微笑む。
ぼくは何に感謝しよう──。
「ありがとうございます……」
ずっとずっと、君が好きだった。
ずっとずっと、君だけを──。
おしまい
illustration * 桃提灯
*** あとがき ***
最後まで、お付き合いしていただき、ありがとうございます。
この話は童話です。
よく、昔話には「おじいさん」と「おばあさん」が出てきますが、名前は記されていません。
それでも、みんなが納得して読んでいます。
この童話はそんな「名のない登場人物」で書きたくて挑戦してみました。
いかがでしたでしょうか。
それにしても、お姉さんが一言も発していなかったのには、振り返ってショックでした。
無口なお姉さんだったのね…なんて。
by moro
moro*on presents
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