「おい、引越しは終わったんかあ?」
赤毛の頭髪を掻きながら、ワッカは「おはよう」と挨拶するには遅い時間の日差しを眩しげに目を細めた。
ビサイド村の朝は早い。
「ほぼ完了っ! まさかワッカ、今起きたとか?」
突然、呼び止められたティーダはからかい混じりに「遅よう」と付け加えた。
「だってよお、昨日つい飲みすぎちまってよお。そっちは元気だよなあ。
おまえだって大して変わらないくらい飲んだのによ……。」
二日酔いの疲れた表情に、多少なりとも自分を恨めしく思うところがあるのだと読んだティーダは、この後の予定を浮かべつつ、
「絡み酒がまだ抜けてないとか?」
ワッカが相手では長くなるだろうと見越して、細々とした生活用品の入った籐の籠を足元に置いた。
「馬鹿言うんじゃねえぞ、酒なんかとっくに蒸発してる──」
だが、ワッカのその後の台詞は続かなかった。
「何、ふてくされてるのよ。調子に乗って飲みすぎたのは自己管理がなってないからでしょう。
この子にあたったところで、二日酔いは治らないわよ」
しなやかな黒百合のような背筋を伸ばした黒衣の女性がワッカの後ろから湧き出て来て、迫力のある声でワッカの声を遮るように言い放ったからだ。
「ル、ルー。いつからそこに……。でもよお、ルー。昨日の晩は無礼講だったんだし、なあ」
「それはそれ、これはこれ。さあさ、あんたもユウナを待たせてるんでしょう? 早く行っておあげなさい」
「じゃ、悪いけど、またあとで。ルールー、昨日の酒のつまみ、美味かったッス」
村の人たちに協力してもらってやっと昨日完成した、出来たてホヤホヤの新居。
ティーダは仲の良い夫婦に別れを告げ、まだほとんど荷物のないガランとした家で、ひとり待っているであろう左右異色の愛しい顔を脳裏に思い出して早足で帰路に着いた。
「それで、と。あなたはこっちよ。早く食べてくれないと昼食が片付かないわ」
赤い瞳を二日酔いの夫に向けて言い放つ。
「お、おう。でも、あんま食欲ねえんだわ」
「わかってるわよ。二日酔い用の特別メニューにしてあるわ」
「さすがはルーだ。そういや、あいつ、今日から飯はどうするんだ?」
「今までは寺院の居候だったから寺院で用意してもらってたようだけど、さすがに今日からは家で自炊じゃないかしら。
さっきユウナが食材を持って行ってたし」
「今朝は寺院で済ませたようだけど」と付け加えつつ、ルールーは先に歩き出した。
「ユウナが? 食材を持って?」
黒衣のルールーの後を、少し頭痛のする頭を抑えながら、ワッカが続く。
「ええと、そういやユウナって料理上達したんかあ?」
何気ない夫一言に、ピタリと歩を止めたルールーにもう少しでぶつかるところだったワッカは、
「危ねえなあ、ルー。急に止まるなよ」
ボヤキを吐いたのだが、ルールーの耳には入っていなかった。
「まずいわ。ユウナったら──」
「おい、もしかして……」
「ええ、すっかり忘れていたけれど、あの子、大丈夫かしら……」
ルールーの呟きに、ワッカはこう応えるしかなかった。
「ま、何事もやってみなきゃ上手くならねえもんよ」
わが夫ながら、的を得たことを言う……。
だからルールーは、「そうね」と短く応えた。
そうね。誰でも最初から上手くいく者などいないのだから──。
ルールーは、かつて自分の婚約者だった赤毛の青年を思い出した。
「そういや、チャップも言ってたっけ。ルーの手料理は一日一回に限るってよお」
「何、昔のことを思い出しているのよ」
自分が思い浮かべた青年を、青年の兄であるワッカもまた懐かしく思い出している。
そのことに嬉しく思いつつ、けれども、昔の自分の未熟さを思い出してルールーは頬を赤らめた。
「おっ、赤くなってるなあ」
いつも、しっかり者と呼ばれ、姉御気質のルールーだが、たまにだが、こんな可愛い一面に出くわす。
「今日はいい日かも」
こっそり二ヤつくワッカだった。
「これ、味がしないッス」
昼食用にとユウナが用意した野菜のスープを味見したティーダは、迷ったあげく、ユウナにはっきり言うことにした。
この先、ずっと一緒にいたいからこそ、あえて言葉にしたのだ。
「ご、ごめん。薄かった? お塩、足らなかったのかな」
慌てて調味料の入った瓶をユウナは取り出す。
指摘されたことに、羞恥を感じているのがはっきり伝わってしまうほどの慌てぶりだった。
「まあ、塩もそうだけど……。何かスパイス入れよう。
せっかくユウナがいろんな調味料を持って来てくれたことだし。それを使わない手はないもんな」
ティーダは濃い色の液体の入った瓶を選ぶと、手のひらに数滴垂らして舌でペロリと舐めた。
「魚醤……か。ユウナ、これを少し入れてみようか?」
「えっと、お塩はどうするの?」
「もちろん、入れる。けど、こっちの醤油を入れると風味も増しそうだしさ、何事もチャレンジってことで」
適当に味付けをするティーダの手つきに迷いはなかった。
そんな彼の様子をユウナは感心するように見ていた。
「もしかして、キミ、料理出来るの?」
「出来るってほどじゃないッスよ。いい加減の独流ってヤツだから。ひとり暮らしをしてればそれなりに、さ」
話をしながらも、ティーダはあれこれスパイスや調味料の蓋を開けていく。
「うぇっ」とか、「これイケる」とか。
ユウナは横で聞いていて可笑しくなるくらい、ある意味真剣にひとつずつ、液体や粉末の入った容器を確かめていく。
スピラの調味料に不慣れなティーダ。
ティーダが育ったザナルカンドとこのスピラが似て異なる別の世界なのだと、ユウナは改めて痛感した。
「キミのザナルカンドと、そんなに調味料、違うのかな」
「そんなことないッス。これとそれは同じだから。そっちの香辛料は初めてのヤツだけど」
ティーダは忙しく手を動かすと、
「ん、決まりかな」
少量のスープの入った小皿をユウナに差し出した。
「どう、ッスか?」
「悔しいな。美味しいっす」
最初のものとは全然別物のように味が引き締まった薄茶色の透明の液体からは、湯気と共に何ともいえない鼻をくすぐる香りも漂っている。
思わず、空腹の虫の声が聞こえてきそうないい匂い。
「ユウナが好きな味なら成功ってことで」
晴れやかな笑顔がキッチンを温かく照らしていた。
ふたり向かい合って食事を摂る。
ふたり分のスープ皿。ふたり分のカップ。
外から僅かに聞こえる子供たちの遊びに興じる笑い声。
それに続く、「ご飯よ、家に入りなさい」の母親の呼び声。
一瞬のうちに静寂になった部屋の中で、ふたりは「日常」という素晴らしいひとときに平和を感じて微笑み合った。
「ごめんね。私、実はあまり料理したことないんだ」
ふと、口に運ぶスープの手を止めて、ユウナが呟いた。
「いいっスよ。誰だって苦手なものはあるしさ」
その黄金の笑顔に助けられて、素直な言葉が溢れてくる。
「召喚士見習いの頃は寺院でお世話になっていたし、それ以前はキマリが作ってくれてたの。
キマリってすごく上手なんだよ」
「へえ。何となく、キマリは肉さばくの得意そうだよな」
「召喚士になったばかりの時もすぐ出発しちゃったし」
「うん」
「永遠のナギ節が来てからの2年間は、すごくたくさんの人が私に会いたいって来てくれて。
何だか、毎日が面会で終わっちゃってたんだ。だから……、ゴメン、ね」
「全然『ゴメン』じゃないッスよ。ユウナはユウナしか出来ないことをしていたんだから。
だから、『ゴメン』はいらない、と思う」
「そうなんだけれど……」
「俺が惹かれたのは大召喚士のユウナじゃないし、ましてや料理上手なユウナじゃない。
たまたま好きになった女の子が召喚士で、料理するのに慣れてなかったってだけ」
そうだろ?
同意を求めるようにティーダはユウナの顔を覗いた。
「それに……。ユウナはきっと料理が上手くなるよ」
口元に笑みを浮かべて、スープを掬う。
「そんなこと、どうしてわかるの?」
「当然っ。何しろユウナは負けず嫌いだから」
「だとしても、それと料理は関係ないと思うな」
ユウナは『負けず嫌い』に少し機嫌を損ねて、反論した。
「じゃあ、言い換える。ユウナはチャレンジャーだから」
「チャレンジャー?」
「そうッス。挑戦者。何事も試そうって心を持ち続ける人。あれこれ作ってたら、嫌でも上手くなるって」
「私、あれこれ作らなきゃならないんだ?」
「そりゃ、毎日三度。それを、ずっと……ってなわけで、上達間違いなしッス」
ティーダはそう言い切ると、親指を立てて片目を瞑った。
それから、急に表情を引き締めた。が、ユウナを見つめる眼差しは優しかった。
「誰だって何事も最初から完璧にこなすヤツなんていないさ。
あの料理上手なルールーだって努力したからこそ、あれだけの美味い飯を作れるようになったんだと思う。
俺もユウナも、これからゆっくり、俺たちの味を見つけていけばいいんだ」
「キミと私の味?」
「そう、ふたりが美味しいって思う味。ルールーの手料理は確かに美味いけどワッカんとこの味だろ?
それを盗んで俺たちの味にアレンジとこから始めてもいいし」
「そう、だよね。ルールーだって練習したからお料理上手になったんだし……」
「ルールーが鍋を焦がしてる姿なんて想像出来ないけど、絶対有り得ないとも言い切れない、だろ?」
「うん。そう言えば、私、何年も前に見たことある、かな。ルールーが『不味い』って顔をしかめているとこ。
その後、何度も作り直してたみたい……」
「うへっ、マジッスか?」
「たしか、チャップさんとの婚約が決まった頃だったと思うよ」
「そっか……。最初、ルールーの味は彼のためのものだったんだな……」
今は亡き婚約者は、夫の弟。
ルールーは彼のために料理の腕を上げた。
好きな人に美味しいものを食べさせたくて。
好きな人の喜ぶ顔が見たくて。
「俺、もしかしてラッキー……だよな?」
「何が?」
「ユウナが料理下手で」
「酷いっ。そんな言い方ヘンだよ」
「だってさ、これからユウナは俺たちのために料理作ってくれるんだろ?
もちろん、俺だって出来るだけ手伝うけど」
「うん」
「それってさ、何色にも染まっていないユウナが、ふたりの求める色に染まっていくみたい……だからさ」
それも……。
綺麗に色付いてゆくその一瞬一瞬を、間近で見れる──そんな幸運。
ティーダが言わんとしていることを察したユウナは、そっと頬を染めた。
──ふたりの色に染まるのもいいけど、今はキミ色に染まりたいな。
そんな甘い想いを抱いたことを隠すように、
「でも、今のルールーの味はワッカさんの味なんだよね」
ユウナは話題を戻すのだった。
鮮やかに染まりたい。
キミと一緒に。
キミのそばで。
キミのために……。
「ワッカ仕立てには違いないと思うけど、ルールーのアレってさ」
──あれは『幸せの味』つうか、『ノロケの味』だよな。
いつか、あの黒衣の女性のように、優しい旦那さまと可愛い子供に囲まれて、温かい家庭の味を食卓に並べられたら……。
そんな未来図。
キミ色の──。
おしまい
material * NOION
*** あとがき ***
最後までのお付き合い、ありがとうございました。
初めてFFXを書きました。二次創作小説自体が初めてな体験なもので、ドキドキです。
いかがでしたでしょうか?
これは、ルナさんのサイトの一周年&30万HIT記念として贈らせていただきます。
キスシーンを入れるはずだったのに書き終わってみたら入ってなかったです(笑)。
一応、ラブラブ*ティユウを目標にしてたのですが……。
ルナさ〜ん、どうでしょう……。
これからも、素敵な作品、期待してます!
by moro
moro*on presents
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