『ありがとう』


それはとても大切な言葉だと思うんだ
小さい頃からずっと、わたしの中で…他の言葉とは何かが違う感じがしてた

お母さんが教えてくれた言葉だったと思う

「何かしてもらったら、きちんとありがとうって伝えなくちゃダメよ」って

もちろん挨拶も大切だと思う
それだけじゃない…言葉すべてが人と交流したり、想いを伝えるのに必要なものだから

でもね、
やっぱりわたしの中で違うんだ…特別って感じがする

人に言われると、どんな気持ちのときでも…笑顔になれるんだよ


だからね…
わたしもたくさんの人にきちんと「ありがとう」って言いたい
気持ちが伝わって、その人が笑顔を見せてくれると、わたしまで嬉しくなるの




『ありがとう』

あのとき…キミにいった言葉でもあったよね…
それしか言えなかった自分に後悔したこともあったけど…間違いじゃなかったって、今は自信持っていえるよ











         Gratitude












「準備終わった?」


寝室でガタゴトと出かける支度をしていた少女が、ようやく扉を開き、窓から日差しが入る中くつろいでいた少年の目の前で微笑んだ。
いつもと違った装いに、ティーダは見つめたまま視線を止めた。

「お…可笑しいかな…?」
「その逆。すっごい似合うッス」
「良かった…この間買ったけど、今まで着る機会がなかったから…」

頬を朱に染めながら、ティーダの反応を見てホッとしたような表情を見せるユウナ。

「本当に似合ってる」
「ありがとう。キミにそう言ってもらえると嬉しいっす」
「じゃあ、いこっか」
「うん」





突然、休暇になった日。
ブリッツの練習に明け暮れていたティーダたちに、監督でもあるワッカからいきなりの休息命令が下った。
「たまには休まんと、練習に身がはいらねぇしな」
そういって赤毛の掻きながら、豪快に笑っている姿が、今でもすぐに思い出せる。


休日はいつも突然やってくる。



外は快晴。
大きな太陽が空へと昇り、風は陽気に舞い踊りながら吹き抜け、そしてスピラカモメが楽しそうに歌っている。

絶好のデート日和、今日はふたりで久々にルカへ買い物に行こうということになり、連絡船でお出かけ。



外へ飛び出した二人は、見慣れた姿が大きな荷物を引きずっているのを見て、彼女の元へと駆け寄った。


「あら、出かけるの?」
「あぁ。いろいろ買い物してこようと思ってさ。誰かの急な休み宣言のおかげで、デートする時間をもらったッスよ」
「まったく…計画性の欠片もないんだから…」

我が夫ながら呆れるわ…と、頭を抑えて首を左右に振るルールー。
その姿を見て、クスクスとユウナは笑っていた。

「なんかすごい荷物だね」
「計画性がないとこうなるのよ…この間イナミにっていろいろ買ったらしくてね…今連絡船で届いたんだけど、参るわ…片付ける場所が大変なのにね」
「仕方ないよ。ワッカさん嬉しいんだから」
「わかってるんだけどね…毎回これだと、いい加減呆れるわ」
「部屋に入れるッスか?オレがやるよ」

ルールーが手古摺っていた大きなダンボールを、ひょいっと両手で抱えて彼女の家の中へと入っていく。

「なんか買ってくるものある?一緒に買ってくるけど」
「そうね…ワッカに頼もうかと思ってたけど、余計なものもいっぱい買ってくるから…お願いしていいかしら」

ユウナは、笑顔で大きく頷くと、ルールーは彼女に買ってきて欲しいものを頼んだ。
小さな子供がいるために、あまり身動きの取れないルールー。
その代わりに、ワッカがルカへ出かけるときに買い物を頼むと、大量の余計なものと共に帰ってくるという。

「テーブルの横に置いておいたけど」
「悪いわね。助かったわ…ありがとう。そろそろ連絡船出航する時間じゃない?」
「本当だ。じゃあ、いってくるね」
「気をつけてね。久々なんだから、ゆっくりしてらっしゃい」

片手を挙げてその場を立ち去ろうとした瞬間、悪戯をするかのように、村を突風が吹き抜けた。

「うわっ!」
「すごい風ね…」
「一瞬だったから良かったね。じゃあ、いってきます」



ルールーの元を離れ、村から浜辺へと続く道を少し駆け足で進んでいく。
キラキラと輝く太陽の光を浴び、思いっきり深呼吸をしたくなるような、気持ちのいい日。



どこからか、小さな子供の泣き声が耳へと届いて、慌てて辺りを見回すと、滝の辺りで子供がふたり座り込んでいた。
慌てて駆け寄ると、小さな女の子が泣き崩れ、それをなだめる様に頭を撫でている男の子。

「どうしたッスか?」
「あのね…風が帽子を持っていったの」
「帽子?」
「あそこ」

子供が指差した先には、滝が流れ落ちる泉の水面に揺ら揺らと浮かんでいる小さな麦藁帽子。
さっき村を吹き抜けていった突風が、彼女の頭から取り上げたのだろう。
ティーダは慌てて岩場から飛び降り、水に浮かんで遊んでいる帽子をそっと手に取り、再び彼女の手に渡した。

「はい。ちゃんと持ってなきゃダメッスよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「良かったね」
「ユウナ様もありがとう」

大切なものなのか、自分の元に戻ってきた帽子を、両腕でギュッと胸元に抱え込んでいる。
泣きはらしていた表情が、一瞬にして嬉しそうな笑顔に代わり、それを見たティーダたちまで思わず笑顔になった。



手を振って子供たちと別れ、そのまま船着場まで走り抜けていく。
青々と輝く樹々が話しかけるようにその葉を揺らしてざわめき、だんだんと波音が近づいてくる。

村から抜けた瞬間、眩しいくらいに輝く青い世界がそこに広がっていた。
何度見ても見飽きることがない、自然の美。

船の出航時間を知らせる汽笛が鳴り響き、それに合わせてスピラカモメが歌い始める。

「やばいッス!!」

自然の誘惑に見惚れている時間はなく、浜辺を走り抜けてようやくキーリカへ向かう船に乗り込んだ。







船の先端で、頬に気持ちよい風を感じながらゆっくりと目的地までの旅路を楽しむ。
家で過ごすのとはまた違った、穏やかでゆっくりとした時間が流れる。

「なんか…今日は『ありがとう』ってよく言われる日だな」
「そういえばそうだね。さっきもおじいさんに言われてたよね」
「あぁ」
「わたし、ありがとうって言葉すごく好きなんだ。なんか人に言われると暖かい気持ちになって…嬉しくなる」


ユウナは小さい頃の想い出を、そっと引き出し始めた。

幼い頃、母親に「ありがとう」と頭を優しく撫でられるのが好きで、そのためにいろいろお手伝いをしようとしていた自分。
あの頃から、どんな言葉よりも大好きで、特別な気がしていた。


「わかる…気がする。オレもそんなことあった。母さんに見てもらいたくて、褒めてもらいたくていろいろやった」
「どんなに悲しくても…心の中がほわっと暖かくなる感じがするんだ。だから、わたしもきちんといいたいって思う」
「うん」
「キミにも…いったよね。旅の終わりで…」



シン討伐の旅…あの頃の想い出を引き出すと、あのときの感情まで一気に湧き上がってくる。
それでも、今は笑って話すことが出来る。

失いたくない大切な人が、一番傍にいてくれるから…


「あのとき…怖いとかどうなるだろうとか…悔しかったり悲しかったり、ユウナを泣かせてしまうとかいろんな感情が、オレの中で渦巻いてて…溢れては消えていってさ、どうしたらいいのかわからなくて…泣くことも止められなかった。笑っていようって決めたのにさ」
「…うん」
「でも、ユウナが『ありがとう』って言ってくれたとき、これで良かったんだって少し安心できたんだ。吹っ切れた」

ユウナは両手を広げて、大きく息を吸った。
海の潮の香りがする風が、胸いっぱいに広がっていく。

「あのとき、どうしてそれしかいえなかったんだろうって…正直後悔したこともあったんだ。もっといいたいこといろいろあったのに…たくさん伝えたい想いがあったのに…どうしてって。でも、今はあれが一番伝えたかった言葉だったんだって思うんだ」
「うん」
「キミに感謝することばかりの旅だったから…」


辛く悲しい旅になると…覚悟して、召喚士となることを決めた。
父の成しえなかった、悲しみを消し去り…穏やかに笑顔で暮らすことの出来る永遠のナギ節を作り出すために…


でも、辛く悲しいだけの旅とは違った。
ティーダがいてくれたおかげで、今自分はここにいることが出来る。
それだけじゃない…
傍にいてくれたこと、召喚士としてじゃなく…一人の人としてみてくれたこと、ガードのなってくれたこと、支えてくれたこと、いつも笑顔でいてくれたこと…数え上げればキリがないくらい、あの旅は今隣で笑ってる少年に感謝することばかりだった。



もしかしたら…永遠のナギ節を作り出すことも叶わず、父と同じ道を歩んでいたかもしれない…



「だから、一番伝えたかった言葉だったと思うんだ。キミがいてくれたから…そう想うことばかりだったから…」

ティーダは優しい笑顔を見せて、そして船の行く先を見つめた。
あのときビサイドから始まった旅に見た風景と変わらない、同じ景色が広がっていた。




「あのとき、他にも伝えたい想いがいっぱいあったって…それ、聞きたいッス」
「え?今???」

突然の要望に、ユウナは思わず声を上げて、翠と藍の宝石を大きく見開いた。
そしてだんだんと朱色に染まっていく頬。
そんな彼女の鼓動の音が伝わってくるようだったティーダは、悪戯に微笑む瞳が優しく変わり…輝いた。

「今じゃなくていい…ゆっくり時間はあるし…ひとつずつ、ゆっくりゆっくりでいいッス」

それを聞いたユウナは、ふぅっと胸を撫で下ろしたように息を少し吐き、そして速まった鼓動を落ち着かせようと、小さく何度も深呼吸。

「うん。ゆっくりね」
「オレも、ユウナに伝えたい想いはいっぱいあるからさ」
「それ聞きたいな」
「じゃあ…ひとつずつ交換ってのはどうッスか?」

人差し指を突き立てていうティーダの提案に、思わずユウナは吹き出して、両手で口元を覆いながら声を上げて笑い始めた。
それにつられて笑い始めたティーダ。
ふたりの笑い声に、思わず乗員や乗客たちの動きが止まり、船先を見つめていた。


「いい案だろ?」
「おかしー…でも、りょーかいです」




周りにはスピラカモメが飛び交い 、船は目的地を目指して波に乗りながら進んでいく。
何気ない会話をしながら、キーリカ経由のルカへの旅はまだまだ続く。



「よし、今日は「ありがとうの日」にするッス」
「それ、どういう日?」
「いろんな人に、ありがとうって言ってもらえるようなことをする日」
「そうだね。わたしもやろうかな」
「じゃあ、今日一日どっちがたくさん言ってもらえるか…勝負ッス」
「負けないよ?」



青い空、輝く海、大きな太陽…包み込んでくれるスピラの自然たちにも感謝したくなる、そんな楽しく爽やかな一日の始まり。
「ありがとう」の言葉だけで、どんなときも心に温もりを与えてくれる。

大切な…大好きな言葉。





一番今伝えたいこと…








                   「戻ってきてくれて…傍にいてくれて…」



                              「待っててくれて…一緒にいてくれて…」










ありがとう。キミに感謝する気持ちだけは、ずっと忘れたくない…










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