こうして丘の上の木とビリジバンは、ドミニクから遠く離れていきました。


 さいごまで雉模様の毛並みは、動くことはありませんでした。


(ビリジバン……)

 ドミニクは馬車の中に体をもどすと、すこしの間、目を閉じました。

 暗いまぶたの奥にはぼんやりと、青い空の下、緑の丘の上を、なつかしい

仲間とともにビリジバンが駆けてゆきます。

 ドミニクは目をあけました。

(おれが、だれより上手なバイオリン弾きになれさえすれば……そうすれば、

大事なものはみんな戻ってくるだろう。ビリジバンも、とうちゃんもかあちゃんも

兄ちゃんたちも、戻ってくるし、おれだけの音楽堂だって手に入るはずなんだ)


「なあぼうず、もうあきらめて大人しく乗ってくれよ、あぶねぇからな」

 ビリジバンは「うん」と返事をして、もう泣きもさわぎもしませんでした。

(バイオリンさえ上手になれば、バイオリンさえ上手になれば……)

 ゆっくりとすすむ馬車の中で、ドミニクはうわごとのように小さくくり返します。


 馬車の上には、もう当たり前のように、まぶしいお日さまが輝いていました。

 遠い道のその果てには、話にしか聞いたことのない大きな街と音楽学校があ

るはずなのですが、ドミニクには見当もつきません。

 それどころか、かんじんの音楽学校のことなど、一度だって考えたこともない

のです。

 馬車のまどからは、気持ちのよい風が吹き入ってきます。

 となりでは木製のヘルメス号のプロペラが、かすかに回っています。

 これから行く音楽学校で、どれほど大きな出会いと驚きが待っているか……

この小さなぶち猫に、そのことはまだ知る由もないのでした。

おわり