(気づいてくれ、ビリジバン、気づいてくれ……)
ドミニクは必死に、馬車の窓から前足をふっていました。
(なぜなんだ、ビリジバン。見送りに来てくれたんだろうに。どうして、どうしてじっ
とすわってるだけなんだ)
木の上にいるビリジバンは、彫刻のように動きません。
しっぽがそよりと動くことすらないのです。
ドミニクは前足をふるのをやめて、動かないビリジバンをじっと見つめていまし
た。
やがて朝の光が空をブルーに染め、宝石の星は消えて、冷たく澄んだ空気が
馬車をつつみます。
やはり木の上に小さく見えるのは、まちがいなく黒のまさった雉模様のなつか
しい毛並みでした。
何を考えているのでしょうか。
こちらを見ているのでしょうか。
わかりません。わかるような気もするのですが、思う先から「ちがうな」とう
ち消すことばが、わき出てきます。
馬車は丘のふもとの道をぐるりとまわって、もうすぐ町からはなれようとしてい
ました。
時計の針のようにゆっくりと、変わらない風をよそおいながら、しかしたしか
な轍(わだち)のあとを道にきざんで、馬車はすぎていくのです。