「あの話は、もうナシだ」
「なんだよ、とうちゃんの大うそつき!」
教会の中に、ドミニクの声が響きわたりました。無数のろうそくがいっせいに
ゆらめき、そのうちの何本かはふっと消えました。
ドミニクはいいすぎたかなと思いましたが、どうしても怒りがおさまらず、こん
どは見開いた目からなみだがとめどなく落ちていきました。
「おれはな、ソルティムガランへ教会を建てるかわりに、この町に『音楽堂』を
建てようと思う」
「『音楽堂』?」
ドミニクは不思議そうな顔つきで、おとうさんにいいました。
「ああそうだ。そこでならたとえ雨が降っても、いつでもバイオリンが聞けるって
いう、でっかい建物だ。そういうのがソルティムガランにあるんだと。おれはお
まえだけのために、いつかそれを建ててやる」
おとうさんは、こんどはまじめな顔でドミニクにいいました。
「おれだけのために?」
ドミニクはポカンとしています。
「そうだ。たとえほかのネコがそこで演奏をしても、『音楽堂』はおまえのためだ
けの建物だ。けれどそれには、おまえはこの世で一番すばらしいバイオリン弾
きにならなきゃいけねえ。二番目でも三番目でもダメだ。そうなったらたとえ建
てても、おまえのための『音楽堂』じゃなくなっちまう。わかるな」
ドミニクは声がだせなくなりました。目をゴシゴシとこすりながら、それでも何度
もうなづいています。
「さあ、わかったらかえろう。かあちゃんたちが心配してる」
おとうさんはドミニクのかたをぽんとたたきました。ふたりはゆっくりゆっくり
歩いて、たくさんの炎がまたたく教会を出て行きました。