「いいなあ、おまえんち」
もうすぐに夕食を終えそうなビリジバンが、くすくすと笑いながらドミニクにい
いました。
「へっ、ちょっと見ただけで、何がわかるもんか」
「ま、それはそうだけど」
うっすらと笑みをうかべたビリジバンの返事に、ドミニクはおでこにたてじわ
をつくったまま、鼻息で「ふんっ」とこたえ、おさらに残ったいわしのハンバーグ
のソースを、すばやくペロリとなめつくしました。
「ごっちそさまー」
「ごちそうさま」
ドミニクもビリジバンも、おなかいっぱいです。
もうすっかり夜になり、黒が泣いたように濃い青の夜空には、体を丸めて眠
る白い幼猫(おさなご)のような月が、ほっつりと浮かんでいました。
「でもさあ、不思議だよな。どうしてひげをこすると音が出るんだろ?」
「そうだよな。とんでもなく不思議なものさ。おれ、とうちゃんのひげがはじめて
鳴ったとき、そばにいたんだけど、ものすごく驚いてしりもちついたよ」
「それほど、驚いたのか?」
「そりゃもう。何しろあれは、聞こえるっていうより、音がそこに”いる”っていう
か”来た”っていうか、もう音が目に見えないのが不思議なくらいのシロモノな
んだ」
「ふうん。でも、べつにバイオリン弾きにならなくても、いいじゃないか。ひげの
鳴るまま、うさぎソーセージを作りつづけてもさ」
「そんなことはできないさ」
「なんでさ」
「それは、ネコだからとしか、いいようがないんだよ」