学校の生徒たちといっしょに、バイオリンのケースをかかえて馬車を

待っているシニファンは、演奏会から帰るおおぜいのネコたちをみると

もなしにながめていました。

 舞台からははっきりとわかりませんでしたが、演奏会にはいろいろな

ネコがお客さんとして聞きにきていました。

 シニファンはふと、おとうさんとおかあさんにはさまれて、ぶるさが

るように歩いている子ネコに目をとめます。

(いいなあ)

 子ネコのしあわせそうな笑顔をみると、さみしいようなうれしいよう

な、なんともいえない気分になります。

 シニファンのむねにはおかあさんとともに歩いた、あのひざしをあび

た坂道の思い出がよみがえりました。

 その思い出はゆきかうネコたちのざわめきを、ひゅううっと遠ざけま

す。

 

   しかたないだろ。おまえのせいでおかあさんはしんだんだから

 

 シニファンは、ぎくっとして大きく目を見開きました。

 聞こえてきた声は、たしかに自分の声だったのです。

 シニファンはすこしのあいだぎゅっと目をつぶりましたが、すぐに開

いてしゃんとした顔をしました。

 

(知ってるよ。ぼくはそのことを、とてもよく知っている)

 

 シニファンはうしろをふりかえると、自分の影にむかって心のなかで

しっかりと答えました。

 

(でもそんなことを考えてたら、ぼくはバイオリンを弾いているあいだ

さえも、おかあさんを感じることができなくなってしまうだろ?)

 

 シニファンは、影にむかってうっすらとほほえみました。

 影はなにかいいたそうですが、だまっています。

 

(そうさ。ぼくはとても、ずるいこどもなんだ)

 

 シニファンが心の中で影にそういい終わるころ、学校へむかう馬車が

町のかどをまがってこちらへやってきました。

 われにかえったシニファンは、なんだかとてもつかれていました。馬

車に乗りこむとどっとねむけがやってきて、目を開けていることができ

ません。

 馬車の中でとなりにすわった、もうおじさんの生徒が頭をなでてくれ

たのも、シニファンには夢うつつです。

 しかしどれほど眠くなっても、さっき聞いた影の声はシニファンの頭

のかたすみで、いつまでも消えることはありませんでした。