大きなまるい月が、夜空のまん中にかかっていました。
シニファンはその晩、演奏会の最後の曲を弾くことになっています。
町の広場に集まったネコたちはもう五曲もバイオリンを聞いたので、
足のうらの黒い豆から耳の中の柔毛まで、じゅうぶんにうっとりとして
いました。しかしそれでも、まだ最後のデザートを待つように、シニフ
ァンの演奏を心待ちにしていたのです。
シニファンも楽屋のすみで、あつまったネコたちのわくわくする気持
ちを毛なみのすみずみにまで感じて、同じように心をときめかせていま
した。
(さあ、弾こう)
シニファンは舞台に立ちました。
バイオリンの弦(いと)にそっとつめをかけると、あつまったネコた
ちのさざめきは、いっしゅんに止まりました。
曲は夜の空気に、なめらかに流れていきます。
うつりゆくまあるい月の、透明でゆたかな光。
その光をうけて足元の砂つぶまでもがひく、蒼くおぼろげな影。
広場を渡る風は、かすかながらも動かしがたい季節の気配をはらんで
吹きすぎます。
そのすべてをバイオリンに託して、シニファンは演奏を続けました。
そう。おかあさんはあれから、この世にあるありとあらゆるすてきな
ものに姿を変えて、いつでもシニファンのそばにいるのですから。
演奏が終わるとネコたちは立ち上がり、いっせいに大きな拍手をしま
した。
シニファンもたくさんの笑顔にむかえられて、集まったネコすべてに
感謝します。
(ああ、バイオリンに出会ってほんとうによかった)
客席にむかって礼をしながら、シニファンは今夜の月のようにまんま
るな気持ちになりました。