その晩、シニファンはいつもどおり、時計台の機械室にバイオリンを
弾きにいきました。
ドアをあけるとしかし、見なれたはずの機械室が、いつもとはまるで
ちがって見えます。
回っている大きな歯車も、小さな窓からもれる明るい月の光も、き
のうよりずっと親しげでした。
夜の空気が毛並みのおくの皮をひりひりさせるほど、ぴったりと身に
そって感じられます。
シニファンはまるで自分が、生まれたばかりの赤ん坊になったようだ
と思いました。
とてもさっぱりとした、でもなんだかすこしこわい気持ちです。
そしてひとつだけとても心配なことがありました。
(バイオリンは、うまく弾けるかしら)
シニファンはバイオリンをあごにのせたまま、しばらく弦に爪をふれ
させるのをためらっていました。
が、もうすぐまん丸になる月の前にうすい雲が横切るのを合図にして、
つめはなめらかに弦(いと)の上をすべりはじめました。
奏でているバイオリンの音色は、ふだんと同じように耳に流れこんで
きます。
(よかった、まだそばにいてくれるんだ)
シニファンは夢中で弾きつづけます。
夜空をゆく雲たちも演奏に合わせてダンスをおどるように、いくたび
もまあるい月の前を、ひらりひらりとゆきすぎていきました。
ぎいっ、ぎいいぃぃぃっ
(ミルドラ校長先生?)
シニファンは演奏をやめて、ふいに開いた時計台の機械室のドアを見ま
した。
「お、おばけだぁ!」