「そういってもらえると、うれしいよ。今回はいつもの倍たいへんだけど」
「なにいってるんだよ。いいよ、おもしれえよ、これ!」
鼻のあたまを赤くしたルーニャのせなかを、ドミニクがバシバシとたた
きます。
そのあと「ここはこうだろ、あそこはああか?」と、譜面を見ながらドミ
ニクがさかんにルーニャに質問をするうちに、ぐんぐん時間はすぎまし
た。
「いや、おそくなってもうしわけない」
ノックの音もそこそこにドアが開くと、シニファンが飛びこむように
入ってきました。
その姿はふたまわりも大きくなった体をのぞけば、子猫のころとほ
とんど変わっていませんでした。
しなやかそうな体と、ぬれたように黒い毛並み。
ルーニャは今もこの、いきなり入ってくるシニファンになれるという
ことができません。
こくんとつばをのみこんで、ことばをかけるのもわすれていました。
「いよっ、先生、学院の方はどうだったのかい」
からかうようなドミニクに、シニファンはおちついてこたえます。
「バイオリン弾きのアルバイトは正式にみとめられたよ。なにせ禁
止すれば、学院はドミニク・ソミエルをうしなうんだからな。どなた
もにがりきった顔をしながらも、ぜんいんさんせいされた」
「そ、それは、すくわれた。いや、めんどうをかけて、すまない」
ドミニクはひきつった顔で、なんとか笑みをうかべています。
「いやいや、すくわれたのはきみだけじゃないさ。これで学院を出
たはいいが音楽会に出られないバイオリン弾きも、バイオリンを
弾き続けられる」
「そうだな。それはよかったよ」
ルーニャはやっと、にこにこしながらシニファンに話しかけること
ができました。