ドミニクは小さくそっと、ため息をつきます。

「やめろ、ルーニャ。そんな大ウソ」

「うそなもんか!」

 ルーニャの叫びが、風とともに草地をどこまでも渡っていきました。

「ふーん、じゃあ聞くけどさ」

「なんだよっ!」

「おまえさ、家族すてても、これまで通り作曲とかできんの? 朝

から晩までたったひとりきりで」

「あ……」

 ふいをつかれてハッとした顔のルーニャにかまわず、ドミニクは

ずっと遠くの草のうねりをながめていいます。

「いや、おまえのことだからやるにはだろうさ。でも、家族すてた

あとでも、その前と何も変えずに、変わらずに、曲とか作れるの

かなあと思って。おれは何か、ずいぶんちがったモノをこしらえ

そうな気がするんだけど。どうかな?」

「……だけど、そうしなきゃならないなら、そうするさ」


「だろうな。でもおまえがすてるっていっても、相手があることだし

なあ」


「関係ないって」


「大ありさ。だいたいおれにはパニエ奥さんがそんなわがままを

ゆるすとは、とても思えない。おまえなんか、あっという間にツメ

でずたずたにひっかかれて、おしまいだろ」


「うっ」

 ここまでいわれてしまうと、ルーニャは気がついて、さすがに

苦笑いをはじめました。


「なあ、頭の中だけで考えたってダメさ。パニエさんをやミトラ

ちゃんと一生会えなくなるなんて、おまえにたえられるわけが

ない。だいたいあの、生まれたばかりのかわいいふたごちゃん

たちはどうする? それにおまえが万一ひとりになったって、

そのあとかくだろう暗ーい憂鬱な曲なんて、おれは演奏するの

ごめんだからな」


 鼻のわきをぽりぽりとひっかきながら、ドミニクはうんざりとし

た様子でいいました。


「バイオリンはネコに何も与えはしないんだ。ただ、うばっていく

だけだ」


「それは……知っていたけど」


「だろ? シニファンにとってもそれは同じだ。おまえはおまえ

の道を、ヤツはヤツの道をいく。それは誰にもとめられない」


「ああ」


 遠くではまた、小鳥の鳴き声がしました。


 あいかわらずふたりの目の前では、一面の草はらが風に

ゆらいでいます。


 しかしそれでも太陽は空の上でたしかに歩みを進め、陽の光

はわずかに赤みを濃くしています。


「やれやれ。こんなところでオスネコふたりでいたって、ろくなこと

はねえ。なあルーニャ、これから『ドールハウス』に行かないか。

おれは夕方からデートなんだ。それまですこし、時間をつぶそう。

あらためてラミューシャも紹介するぜ」


「そうだな。それがいい」
 

 ルーニャは立ち上がって、後ろ足についたほこりをぱんぱんと

はたくと、情けないほほえみを浮かべて、ドミニクのあとについて

いきました。