「あいかわらず、すてきなおとうさんだね。ほれぼれするよ」


 おとうさんが去ったあと、ルーニャはうんうんとうなずきながら

ドミニクにいいました。


「ああ。まったく、かなわねぇよ」


 ドミニクはまだしばらく、くすくすと笑うと、やがてしずかになり

ました。


 遠くに、鳥がないています。


 空はどこまでも青く、うっすらと雲をひいています。


 太陽はあらゆるものにキラキラとした光をなげかけ、風はおだ

やかにルーニャとドミニクのヒゲをゆらしてふきすぎていきました。


 そして、見渡すかぎりの草はら。


 それは海原のようにうねり、ここちよい香りを放ちながら波打っ

ていました。


「シニファンは、ここをいくんだな」


 ルーニャには音楽堂の裏手にどこまでも広がる草地を、

シニファンが子猫のようにかけていくようすが、ありありと見える

ようだと思いました。


「そうだよ。ヤツはいくんだ」


「ああ……」


 ルーニャは、金のふたの上に、がっくりとすわりこんでしまいま

した。


 ぐわんと、にぶい音がします。


「そうさ、何もかもすてて、いってしまうんだ」


「あのなあ、ルーニャ」


 ドミニクは何でもない風に、すこし笑って呼びかけました。


「シニファンには、バイオリンなんてしょせんその程度のものだっ

たのさ」


「おまえ、本当にそう思ってるのか」


「ああ。ドミニクのことも、ぼくのつくるだろう未来の曲もみんな

けちらして、平気なんだ。シニファンにとっては、バイオリンや

ぼくたちはそれっぽっちの価値しかない」


「もうよせ、ルーニャ」


「よすもんかっ」


 ルーニャは大きな声で叫んで、足下の金属の板をがんがん

と前足でたたきました。


「あいつは、あの並はずれた才能を、紙くずみたいにすてて

しまうんだ。ぼくならバイオリンのためだったら、何を犠牲にし

たっておしくない。パニエも子どももすてる。何よりもバイオリ

ンが大事だから。でも才能はぼくではなくシニファンのもので、

彼は自由にそれをすてられるんだ!」