「ここがホールだ」


 中に入ったルーニャとドミニクは声がだせません。


 十六夜(いざよい)の月の形のように、すこしゆがんだ丸い客席には、

血よりも赤いビロード張りの椅子が、浜辺の砂よりもまだたくさんある

ように見えました。


 つやつやと象牙色をした舞台には、丸い継ぎ目が三つあります。


 たぶん奈落へと降りる「せり」でしょう。音楽会の当日は、シニファンも

ドミニクもそのせりの上に乗って舞台へとあがります。


 しかし何より驚いたのは、高い高い天井とその中心にある、大きく丸い

はめごろしのガラス窓でした。


 窓の向こうでは銅でこしらえた丸く大きな飾り玉のふちを、まぶしい光を

はなつが太陽がゆっくりと移ろっていきます。


 ルーニャにはまるで地上にあるすべてのものが、この音楽堂のホール

にぎゅっと集められたようにさえ思えたのです。


「すばらしい音楽堂ですね。ことばもありません」


「そいつやよかった。じゃあ、例の仕掛けへいそごうじゃあないか」


 ドミニクのおとうさんは客席の通路をひょこひょこと歩き、はじっこにある

階段からふたりを舞台の袖へと案内します。


 薄暗い廊下をすこし歩くと、演奏者の控え室がありました。


「おぼえておいてくれ。奥へと続いているのは、手前から二番目の控え室だ」


 ほの暗い廊下の何気ないドアを開けて明かりを灯すと、そこはごくふつ

うの控え室でした。ホールへ出る人が、したくをしたり出番を待つ部屋です。


 いまはまだ全身が映る大きな丸い鏡といすと、からっぽの衣装ダンス

があるだけでした。


「ドミニク、この丸い鏡のへりを右がわから左へ押すんだ」


 いわれてドミニクは鏡の右側に立つと、両の前足で丸い鏡をぐいっと

左側へ押しました。

 ぐわぁん ぐわぁんぐわぁらぐわぁん ぐわぁん

 丸い鏡は低いひびきとともに、左へと転がります。


「ああ……」


 鏡のうしろには、ぽっかりと暗く細い廊下がどこまでも果てしなく続い

ているように見えました。