「いやあ、突然すまん。このあいだ帽子を忘れちまってさ。あれがな

いとどうにもおちつかない」


 つぎの日ドミニクは、めずらしくお昼になるまえに、ルーニャの家を

ふたたびおとずれました。


「来ると思ったさ。ほらそこだ」


 ルーニャはテーブルの上においてあった鳥打ち帽をドミニクにわた

します。


「そうそう。これでよし」


 鳥打ち帽をかぶると、ドミニクはちょっとはずかしそうにニタッとわ

らいました。


「ところでさ、ルーニャ。新曲の件なんだけど、その、なんだ……」


「どうしたのさ」


「おれは……だいじょうぶなのかな」


 ドミニクは笑っていましたが、まるでまいごになった小さなこども

のように心細そうです。


 ルーニャは、むねがせまってきました。


「何を気にしてるんだい。だいじょうぶにきまっているじゃないか。

あれはきみのためにつくった曲だよ。実は二曲ともね」


「でもなあ……おれは、おれは知ってるよ。『ツイン・ジーニアス』

なんていわれているけど、真の天才はひとりしかいないってさ。

そしてそれは、おれじゃないんだ」


 ドミニクは、笑っているのに泣きそうです。


「またそんなこといって。知っているかい? 今若いコの間では、

ドールハウスでドミニク・ソミエルの演奏を聞いたあとで結婚を申し

込まれるのが、最高のプロポーズの方法ってことになってるんだぜ」


「そりゃ単なる流行だ」


 ドミニクはそっと目をふせました。


「あのさあ、シニファンの魅力はわかりにくそうで実はわかりやすい。

きみの魅力はわかりやすそうで実はわかりにくい。それだけだよ」


「そう、かな」


「そうだよ、ぼくが保証する。シニファンだってきのうそんな風なこと

をいっていたさ」


「……ありがとよ。いやまた、つまんねぇことを聞いちまったな」


 ドミニクは鼻先を肉球でぐいっとこすると、もう一度はずかしそうに

ニタッとわらいました。


「さてとルーニャ。おまえ、今日はいそがしいのか」


「いや。曲もできあがったし、ヒマだけど」


「そうかい。実はきのう音楽堂がほぼできあがってな。掃除なんかは

まだ残ってるけど、中には入れるんだ。おれはこれから見にいくんだ

が、おまえもいっしょにこないか」


「それはすごい! 行くよ。ぜひ行かせてもらう」


「そうこなくっちゃ」


 こうしてルーニャはミトラをよんでおるすばんをいいつけると、ドミニ

クとともに新しい音楽堂へといさんででかけていきました。