「うわあ、ずいぶんおそくなってしまった。ミルドラ校長先生は怒っ

てるかなあ」

 学校の長いろうかを、ルーニャは大いそぎで走っていました。なれ

ない校舎で、校長室までもどるのにてまどってしまったからです。

「すみません、おそくなりました」

 息を切らして走ってきたルーニャに、ミルドラ校長先生はやさしく

いいました。

「ルーニャ、バイオリン弾きはどんな時も走ってはいけません。転ん

でつめをおったりしたら、演奏ができなくなってしまいますから。

いつも、いつも、バイオリンを弾くことだけを第一に考えていてくだ

さいね」

 ミルドラ校長先生は、にっこりとほほえんでいます。

「ではパルフォとルーニャは、いっしょに中庭へ来てください」

 校長先生のあとにしたがってふたりが中庭にでると、よく手入れを

された芝生の上に銀の水盤がふたつ、清らかな水をたたえておかれて

いました。

「ではふたりとも水盤の前に立って、そこに映っている月を見つめて

ください。そしてその月にむかって、自分のいちばん長いヒゲを右の

前足のつめで弾いてみてください」

 ルーニャは水盤の前にでました。水にはきれいな三日月が映ってい

ます。

 そしていわれたとおりヒゲをつまんで、ゆっくりしずかに鳴らして

みました。

 ルーニャとパルフォじいさんのヒゲの音色が、紺碧の夜空に涼しげ

に鳴り渡ります。

 するとどうでしょう。銀の水盤にたたえられた水が、風もないのに

ふるふるとふるえてきました。

 それなのに水に映ったきれいな三日月は、まったくゆれていないの

です。

 やがて三日月がゴボッと音をたてて水面から消えたかと思うと、

盤の底には銀色の美しい三日月型のバイオリンがしずんでいました。

CG 若林 絢さん

「これが今日からあなた方のバイオリンです。これと同じものはもう

一生作ることができません。だいじにあつかってくださいね」

 あまりの不思議なできごとに、ルーニャとパルフォじいさんは顔を

見合わせたまま、口をきくこともできません。しかししばらくすると、

ふたりともはっとわれにかえりました。

「ミルドラ校長先生、どうもありがとうございました」

 ルーニャとパルフォじいさんは、ふかぶかと頭を下げました。