ルーニャは学校の長いろうかを、うつむいて歩いていました。

(パルフォ、ぼくはもうバイオリン弾きにはなれないかもしれない)

 夜もおそくなってしましました。練習室にはもう守衛さんがかぎを

けてしまい入ることはできません。

 バイオリンを弾き続けることができるのはただひとつ、時計台の機

械室だけです。機械室は、あの赤い屋根の高い塔のてっぺんにありま

す。

 ルーニャは長いかげを落として、時計台の階段をのぼっていきまし

た。

(あれ?)

 ギシギシときしむ時計の歯車の音にまじって、かすかにバイオリン

の音色が聞こえてきました。

(こんな夜おそくに、いったいだれだろう)

 ルーニャはそおっとドアのすきまから機械室をのぞいてみました。

 信じられません。

 バイオリンが宙にうかんで、ひとりでに鳴っています。

「お、おばけだあ!」

 ルーニャはドアの前でしりもちをついて、目をかたく閉じました。

 バイオリンの音色がぴたりととまります。

 ドアがひとりでにギーッと開きました。ルーニャはおそるおそる目

を開け、あたりをみまわします。

 機械室の中には、シニファンが立っていました。夜の暗さに黒い毛

並みがまぎれて、見えなかったのです。

(毎晩どこへいっているのだろうと思ったら、こんなところでひとり

で練習していたのか)

 シニファンはなにもいわずに立っていました。うしろではルーニャ

の身長の倍もある時計台の歯車が、ギシギシと鳴っています。

 シニファンはルーニャにむかって手まねきをしました。そして、

ルーニャの課題曲をゆっくりとしたテンポで弾きはじめました。

(同じ曲なのに、シニファンが弾くと、どうしてこんなにすばらしい

んだろう)

 ルーニャもシニファンの演奏に合わせて、曲を奏ではじめました。

 小さな窓からさしこむ月が光の柱をなげかける中で、二匹のネコは

ゆるやかに楽しげに、いつまでもバイオリンを弾きつづけました。