「ね、あの子でしょ、新しく入った黒ネコの子。おかあさんが亡くなっ

てしゃべれなくなったんだって?」

「そうそう。馬車で轢かれたところを見ちゃったのよね。かわいそう

に、あんなにきれいな子なのにねぇ」

 孤児院の中庭でぼんやりと立っているシニファンのうしろで、お昼ご

飯をつくるかかりのおばさんネコがそっとうわさ話をしています。

 シニファンの耳にも、その声は聞くともなしに聞こえてはいました。

 でもそれは、どうでもいいことでした。

(おかあさんはどうして迎えに来てくれないのかしら?)

 あれからシニファンは、おそうしきのときも孤児院へおくられてくる

ときも、そのことばかり考えていました。

 もちろん、わけをそっとおしえてくれるおとなもいました。でもシニ

ファンには、どうしてもよくわからないのです。

 わかるような気はするのですが「うん、そうんなんだ」と心から思う

ことができないのです。

 だからきょうも青空のただなかで雲が吹き飛ばされていくのを、ただ

ぼんやりとながめていました。