シニファンはみんなにむかってしばらく手をふると、馬車の中にむきな
おって目を閉じました。
その横顔をミルドラ校長先生は、そっと見守ります。
(バイオリンに選ばれたのは、この子にとってしあわせことかしら?)
そんな思いが、頭をふとよぎりました。
(いいえ。バイオリンはバイオリン弾きに何も与えはしない。それなの
にバイオリンは奏者にすべてを望む。それがしあわせなのかふしあわせ
なのかは、いつも見出された者しだい)
ミルドラ校長先生はそのあともずっと考えごとをしながら、シニファ
ンを見守っていました。目を閉じているシニファンは、眠っているわけ
ではなさそうです。
(でもバイオリンにここまで望まれたネコは、今までになかったわ)
ミルドラ校長先生は、ゆれる馬車の中でシニファンの手をやわらかく
にぎりました。するとシニファンも校長先生の手をそっとにぎりかえし
ました。
(そうね。バイオリンに望まれたら、もう逃げることはできないわ。た
とえ弾くことをやめたとしても、バイオリンはずっと奏者についてまわ
る)
ミルドラ校長先生は泣き顔ににたほほえみを投げかけると、シニファ
ンと同じように前にむきなおり、同じように目を閉じました。
馬車はあいかわらず、ぽっかぽっかと音をたてて音楽学校のある町を
めざしています。たずなをにぎる御者のよこでは、前の晩に夜通し馬車
をかけさせたもうひとりの御者が、小さくいびきをかいてすわったまま
ねむっていました。
前編終り