孤児院の先生につれられて、シニファンとミルドラ校長先生は馬車へ
とむかいます。
院庭にシニファンが顔をみせると、子ネコたちはいっせいによってき
て、握手をもとめたり、せなかをなでたり、頭をポカポカたたいたりし
ました。
「元気でね」
「また遊びに来てね」
「いつかバイオリンを聞かせてよ」
思い思いの声が院の庭にひびきます。
「さあ、もういく時間だから」
孤児院の先生が、子ネコたちに道を開けるようにいいました。
「先生、ちょっと待ってください。ねえシニファン、あの木のかげにか
くれている子とすこしお話していらっしゃい」
ミルドラ校長先生の指さすほうには、木のかげからちょっとだけはみ
出した灰色の毛なみが見えます。
シニファンは指さされた木にむかって、ぱっと走り出しました。
木のかげでは灰色ネコが、めずらしくにこにこして立っていました。
「おれ、名前な、グレイっていう。グレイ=アシュラム。ここの先生が
つけてくれた」
灰色ネコはにこにこしながら、しきりにまばたきをしています。シ
ニファンは声が出なくなったことを、このときほど残念に思ったことは
ありませんでした。
「いつか、おれがもっと強くなったら、ほんとうに強くなったら、お
まえに会いにいく。かならず会いにいくから」
グレイはシニファンの手をぎゅっとにぎりました。シニファンもグレ
イの手をぎゅっとにぎりかえしました。いたいいたい握手でした
が、手がいたむぶん胸のいたみの消えていく不思議な握手でした。
握手がおわるとシニファンは、グレイの顔もみずに馬車にむかってか
けだします。
「もういいの?」
馬車の前で、ミルドラ校長先生はシニファンにたずねました。シニフ
ァンは大きくうなずくと馬車に乗りこみました。
御者のむちの音がひびき、馬車は走り出します。かわいた土をける馬
のひずめの音がぽっかぽっかと鳴り、窓の外ではおおぜいの子ネコや先
生方が手をふっていました。