バイオリン弾きは楽器をかまえると、白いつめをそっと弦にかけまし

た。

 席にならんだ子ネコたちが、みんないっせいにつばをのみこみます。

(あっ)

 シニファンは心の中で小さくさけびました。

 バイオリンのはじめの音が鳴ったとたん、空気の中をただよう目に見

えない小さなつぶが、ヒゲのうえでプチッとはじけたからです。

 体もふわっと軽くなります。

 おおぜいの子ネコたちの頭の毛なみや、古びてニスのはげた会場のい

すや、院庭にしげる木々の葉のかすかにゆれるのが、ふいにくっきりし

てきました。

 バイオリン弾きの奏でる曲は、語りかけるようにやさしく、はかなげ

なげでいて強く、なのにどこかすこしだけゆかいなのです。

 シニファンは口を小さくあけてバイオリンの音色を聞いていました。

 バイオリン弾きのうしろ、低い院舎の屋根のむこうには、白っぽく

なった午後の空が広がっています。

 うす青の空には白い雲のかたまりが、強い風に吹き散らされて、ぐ

んぐん進みながら形をかえていました。

 流れている曲は、形をかえて進んでいく雲になんとよくあうことで

しょう。

(きれいだな)

 空に描かれたやさしいもようは、あのときのおかあさんの笑顔のよう

です。

(そうか。きれいなものすてきなものは、みんなおかあさんににている

んだ。そうしていつもぼくのそばにいるんだ)

 風も空も雲も太陽も、花も雨も、そしてきっと月も星もみんな。

 シニファンもほかの子ネコたちとおなじように、知らずにうっすらと

目を細めていました。

 するとあのいつもの呼び声が、そばに来てシニファンにそっとより

そっているように感じました。

(ぼくを呼んでいたのは、この音だったんだ)

 シニファンはとても満ち足りていました。孤児院中の子ネコたちも先

生方もそうでした。

 あつまっただれもかれもが、こうしてずっとバイオリンを聞いていた

いと感じていました。