ネコのバイオリン弾きU「月の呼び声」(前編)
おおぜいのネコのざわめきが、風にのって聞こえてきます。
それはゆるやかに長く続くくだり坂の先の、まだ見えない市場から聞
こえてくるのです。
荷物をつんだ馬車が下っていく車輪の音や、買い物にでかけるネコた
ちの楽しそうなおしゃべりが、石だたみの道を流れていきました。
シニファンとシニファンのおかあさんは、そんな坂道を手をつないで
歩いていきます。
つないだ手は、その日のひざしのようにぽかぽかと暖かく、青い空の
下、ふたりのまっ黒な毛並みはつやつやと美しくかがやいていました。
シニファンのおとうさんはシニファンが生まれる前に亡くなっていま
した。おかあさんは、町の洋品工場でお針子さんをしています。
シニファンはいつもおかあさんが働いているあいだは、ほかのお針子
さんの子どもたちといっしょに、一日中工場の中庭に集まっておおぜい
で遊んでいました。
だからこうやって週の終わりにふたりだけで市場へ出かけすごすあい
だは、とても楽しみでたいせつな時間でした。